3-10 ようやく
あのあと魔術基礎の教室まで直行した。
紙や筆記用具は貴重なのでないことが前提の授業だったし、試合の時誰も使ってなかったから空気読んで使わなかったけど杖も持ってきてある。
話し合った結果取りに戻る物は無いという結論になり、周りより少し早く着席することになった。
「楽しみだね〜!」
「ああ。なんだかんだこうしてちゃんと魔術の授業を受けるのは初めてだから楽しみだ」
「初めてって……ミシェル先生のは含めないんだ……」
「?…だってあれ先生は資料持っていただけだったし。それもほとんど使わなかったし」
「うん。アレほとんど使わなかったね」
大分酷評されてる……まあ当たり前といえば当たり前だけども。
やったことと言えばほとんど必要な情報がなかった本を持ってきてあとほぼ自習で放置。
安全のためとか危険な行為をしないように監督するためとかそういう目的があって、実際ミシェルがいなきゃあんな自由に練習できなかったかもしれないけど。
それでもこの魔術学院という環境なら誤差の範疇な気がするし……あれ、振り返ってみると意外と原因がたくさん出てきたぞ……。
というかそういう観点で考えたらちゃんと魔術の授業受けるなんて私も初めてかも。
今まで見学という立場で授業を傍聴することはあったけどそれはあくまで見学だ。
先生の話を聞いて実践したり、質問を投げかけられたり、授業の一環で行われてた行為には参加してない。
きっと今日の授業はこれまでとは違う経験が得られるはずだ。
そう思うと一気にワクワクしてきた。
ああ授業が始まるまで待ち遠しい、なんで直接来たんだよ暇じゃん!
例の魔道具に触って出席確認ももう終わらせてるから本格的にやることがない。
……早く始まらないかな……あ、じゃあ始まるまでウォーミングアップ代わりに体内で魔力循環させていつでも魔術使えるようにしとこ。
あれからウォーミングアップに徹すること約十分、ようやく教師が教室に入ってきた。
「それでは授業を始めます。起立、礼」
「「「「お願いします」」」」
教師の指示にしたがい挨拶を済ませ、本格的に授業が始まる。
この興奮が周りにバレないように抑えてるのを気にもせず授業が始まった。
「では、今日はまあ初めてこの授業受ける人が多いと思うので簡単なところから教えていきます」
そう言うと教師は七大属性の基礎的な魔術の魔法陣を黒板に描き込んでいく。魔力は籠もってない、ただのチョークで描かれた絵だ。
その綺麗に、精巧に描かれた模様をもとに授業を進めていく。
描かれた魔法陣は七つ、教師はそれぞれの陣を四大属性の《火炎》、《流水》、《岩石》、《暴風》、そしてそれに《照光》、《闇黒》、《治癒》の三つを加えた七大属性の基礎的な魔術の魔法陣について一つづつ解説していく。
まだ最初の授業だから基礎から固めるつもりなんだろうけど……なんか期待外れというか、予想と違ったな。興奮してた自分が馬鹿らしい。よく考えれば当たり前のことなのにな。
まあ基礎が大事なのは私も同意だ。こういうところをおろそかにするやつはちゃんと成長できないからな。ちゃんと聞こう。
教師は魔方陣の構築の話から話し始める。ほんとに基礎中の基礎からだ、ただ、式を繋げて作るとかそんなことはさすがに一般市民でも知ってることなので省略した。
そしてそこを飛ばして次に魔術式の意味と構築法についての説明を始めた。
まあ英単語の意味と文法を教えてるようものだ。
例えば《火炎》なら"発火"の術式に魔力を使った"燃焼"の式を描いて、それを英語や日本語で言う接続詞、数学で言うプラスやイコールで繋ぐことで魔法陣を構築している。
これが複雑な効果を持たせようとしたりすると面倒になるのはもちろん、威力を上げるだけでも最大出力を上げるためにさらに式を描き足す必要があるからなかなか難しい。
そして属性ごとに単語や文法が変わり、順番は変えてもいいのに接続が駄目だと全部発動しないからさらに難しい。
だからすでに自分に刻まれてる先天属性を主に使う人が多いらしい。
そして魔法陣の構築の説明を終えた教師は次にイメージの重要性について語る。
ここまで散々式とかに例えてきたが魔術というのは数式みたいに決まった答えが出るわけじゃない。魔術を発動したあとも魔力を動かすことで形を変えたり動かしたりできるからだ。
これができちゃうからちゃんとイメージを固めて制御しないと火は起こせても燃え移ったり、水を出せてもただ流れるだけになったりする。
それに規模が小さい分にはいいが身の丈に合わない術を使おうとすると魔力を想定以上に持っていかれて魔力欠乏症になったりする。
だからこそ自分の力量を見極め、目的をしっかりイメージしないと失敗する、という話だった。
ちなみにここまでは魔術を使うなら常識も良いところな話だ。
ほんとはもっと深く詳しいことを学びたいけど基礎を疎かにしていいことはないのでしっかり聞く。
こうして説明書を1から読み返すようにゆっくりと、全ての事故を未然に防ぐくらいの勢いでゆっくりと授業は進んでいく。