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9-31 臆病な童

 燃えていく。


 私を飲み込んで、まわりの魔力を食べて、この手のひらの上の炎は私の意思に関係なく、際限なく燃え上がっていく。


 魔術(このちから)を制御できなくなったのはいつからだっけ。

 シュウトから聞いた直後は、大丈夫だった。正確には、それどころじゃなかったから気にする余裕がなかった。


 けど、落ち着いてから改めて考えると、怖くなる。

 自分が人間じゃないという事実が、恐ろしい。


 何より、その事実が否定できなくなっていくのが嫌だった。


 子供の頃に起こした事件の一つ一つが、人間じゃないという事実を証明してしまった。

 人が大事にしてるものを壊して、人を傷つけて、人との関わりをねじ壊してしまった。


 その記憶が、頭から離れない。

 魔術を使う度に自分が精霊──魔物であるという事実が、過去のトラウマが、フラッシュバックする。


 ……いや、逆に全部諦めてしまえば楽になれるのかもしれない。自分は魔物で、人間には成れなくて、今までやってしまったことは全部魔物がやったことと考えてしまえば──


「っ……」


 その思考を咎めるように──いや、引き留めるように、冷たい空気が背筋をなぞる。


「レイチェルちゃん……」

「大丈夫」


 こんなに熱くて、怖いものを持ってる私に身を寄せ、一緒に向き合ってくれる。

 目を逸らすことなく、人間(わたし)を見てくれる。


 ……そうだ。今ミスればレイチェルちゃんまで焼くことになる。それは、それだけは駄目だ。


「くっ……」


 魔力(まもの)を押さえ込む。小さく、小さく、押し込めて潰して殺していく。


 何も燃やすな。何も壊すな。そう、言い聞かせて。


「う、うぅ……っ」


 けど、この火は消えてくれない。収まってはくれない。私の魔力も、レイチェルちゃんの魔力も、何もかも飲み込んで燃え上がっていく。


「ヒナ!」


 声が聞こえる。 


 何かを咎める声じゃなかった。むしろ、私を心配するような、とても優しい声だ。


 でも、その期待には応えられない。


「ごめんなさい……ごめんなさい……!」


 私は上手くできない。


 だって、怖いんだよ。

 この火を使えば使うほど、頼れば頼るほど、自分が人間じゃなくなっていくような気がする。どんどん魔物に成っていくような気がする。


「ヒナ!()()()()()()()()!ちゃんと()()!」

「え……?」

「その力は悪いものだったの!?その力で手に入れた物や経験は!全部悪いものだったの!?」


 その問い掛けに、私は自然と昔を思い出す。


 この力で、私は何を手に入れた……?


 脳裏に浮かぶのは、学園での日々。

 不器用な私の練習に、二人は何時間も、何日も、何年も付き合い続けてくれた。


 この魔術(ちから)で、迷宮を探索した日々。

 魔物を倒し、魔石を売り、生計を立てた。誰も知らない場所までたどり着き、未知を切り開いた。

 子供の頃から憧れていた光景だ。


 そんな日々は悪いものだったのか?

 絶対に違う。これは、かけがえのない大切なものだ。


 お金じゃない。聖遺物っていう貴重な物が手に入ったからじゃない。


 みんなと一緒に歩いてきたこの時間は、何よりも大事なものだ。


 じゃあその時間を歩いてきた私は、その時間を一緒に生きてきたこの力は、悪いものだった?


「大丈夫。それはきっと悪いものじゃない。だから、ちゃんと見て。その力は今まで使ってきたものと何か違う?」

「何も……違わない……!私が怖がってただけ……!」


 自分の口から、答えを出せた。


 能力を自覚したことで多少使い方が変わったり、魔力の使い方が上手くなったりしたかもしれないけど、使ってる能力自体は何も変わらない。


 駄目なのは、私。




「──できた……?」

「おめでとう!」


 レイチェルちゃんが抱きついてくる。

 この少し寒い状況だと、人肌が暖かい。


 手元の火はまだ少し揺れてるけど、さっきみたいに全部燃やすような勢いじゃない。小さくまとまり、コントロールできてる。


 成功した?あんなに失敗してたのに?


「は、はは……」


 あんなに悩んで、怖がってたのが馬鹿みたい。

 今手元にあるのは、結局今まで使ってきたものと何も変わらない。


 終わってみれば拍子抜けだ。レイチェルちゃんの手にかかればこうも簡単に終わっちゃった。


 すごいなぁ、やっぱり。


「レイチェルちゃん、ありがとう!」


 火を消し、抱きつきながらお礼を言う。


「ううん。というかごめんね。勝手にいろいろ()()()()()


 視る?あー、魂が見えるんだっけ。

 でもそれで私を助けてくれたなら、文句をいうどころかなおさらお礼を言った方がいいよね。


「ありがとう!」



 抱き締める腕に力を込め、私は本心を叫んだ。

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