9-27 ぶれない理由
「左目か?まあちょっとあって落としてきちまった」
「どこで……どこで失くしてきたの……?」
私が知ってる限り……あの修道院で私を助けてくれた時までは怪我はなかったはずだ。
……その時までは、ということは……
「……気付いたか」
「うん……あの時、カイさんの援護に行かせたから……」
「違う。お前が言わなくても俺は行ってたし、仕方ないことだった」
「……その戦いでの怪我ってことは否定しないんだね」
「まあな。お前相手に隠し事が通るなんて思ってねぇよ」
「ベイン」
「大丈夫だ。もう聞かせてもぶっ倒れるほど弱ってねぇよ、レイチェルは」
「……聞かせて。何があったのか」
「ああ」
食事の時間にする話じゃないってことは分かってる。けど、聞かずにはいられなかった。
ずっと分からなかった、カイさんの行方を。
「……死んだの?」
「いいや。まだ生きてる」
「まだ、ってことは……」
ベインの魂の色が揺らぐ。
冷たい氷のような、それでいて暖かい日差しのような、複雑でいろんな感情が混ざりあった色になっていく。
「そう悲観的になるなよ。カイさんから手紙を預かってる。お前が回復したら読ませるように、ってな」
「……読んでもいい?」
「ああ」
ベインから渡された手紙に目を通す。
『親愛なる後輩へ
これをお前が読んでるってことはベインが視て大丈夫って判断したんだろう。だから、今の俺が置かれてる状況をすべてここに記す。そして前提として、この手紙の内容はすべて俺の責任であり、断じてお前の責任じゃない。そのことを理解してから読んでくれ。
今俺は簡単に言うと死にかけてる。といっても、別に大怪我をしたとかそういうわけじゃない。長年、特に十五年以上迷宮に潜り続けてるやつは罹りやすい迷宮病ってのがある。
まあ都市伝説みたいなもんだ。知らないやつのほうが多いし、十五年以上潜り続けたやつ全員が発症するわけでもない。症状は、ザックリ説明すると魔物の体の一部が体に発現する。俺の場合は体の一部が水になった。多分水精霊だろう。
原理としては魔物の魂が自分の魂にこびりついて肉体が引っ張られるらしい。教会で『お祈り』をしても取り込みすぎるとバランスを崩して症状が出るらしい。今までは平気だったんだが、槍を全力で使ったことがきっかけでバランスが崩れたみたいだ。まあそもそも魔物っていう特殊な生き物を殺し続けないと発症しないものらしく、明確な治療法は確立されてないらしい。まあ、不治の病ってやつだ。
変化した最初のほうはまだ生活に支障はないが、体の構造そのものが変化するからすぐに異常をきたし始めるらしい。治療は諦めた。
だからまあ、身辺整理だけして旅に出ることにした。なんでもそういう不治の病だの二度と治らない怪我だのでもうすぐ死ぬやつを迎え入れてくれる場所があるらしい。名前は『黒の森』、一度入れば引き返せない不可逆の森に通称『送り手の一族』が住む村があるらしい。聞いた話だと老い先短いやつを苦しみなくあの世に送り出す一族秘伝の術があるんだと。
最初は好奇心はあったが乗り気じゃなかった。けど、苦しんで死んでほしくないって友人に頼み込まれてな。実家の墓に骨を埋めたいって訳では無いし、人生最後の冒険だと思って行くことにした。最後まで付き合ってやれなくて悪いな。
てなわけで俺はもうラタトスクには居ない。ここまで関わっといて最後まで手伝えなくて本当に済まない。お前が元気にしてることを祈るよ。
親愛なる先輩より』
ちょっと待って……じゃあ、結局カイさんは死んだってことなの……?
というか迷宮病って何……?槍を使った……?
槍を使うような事があった……それは、もしかして──
「レイチェル、落ち着け。誰もお前のせいだなんて欠片も考えてない。お前を助けに行ったのは俺達の判断で、その判断によって起きた損害はすべて判断したやつの責任なんだ。そもそも誰が悪いかって言ったら──」
「大丈夫……フゥ──……うん、オッケー、大丈夫」
今自分に怒ったってどうしようもない。起きてしまったことは取り返しようのないことだし、過ぎた時間は戻せない。
なら、今自分にできることをやるしか無い。
やり遂げる理由は見つけた。目的は変わってない。今居なくなった仲間を悼んだって、私にできることは花を手向ける程度のことしか無い。
そんな事をするのは。全部終わったあとでいい。
今足を止めてる暇はない。カイさんの尽力を無駄にするな。受けた恩を仇で返すな。カイさんの行いに恥じない行動をしろ。
ぶれない芯は、もう見つけたはずだろう?