9-24 信用
コンコンコン、ノックの音が部屋に響く。
「起きてるか?」
「うん。起きてるよ」
「夕食、食べに行かないか?」
「わかった」
机の上に広げていたノートを閉じ、軽く身なりを整えてから扉を開ける。
「ごめんお待たせ。行こう」
「ああ」
マルクと二人で歩いていく。
……そういえば二人きりになる機会ってあんまりなかった気がする。あとからヒナやベインが合流するから二人で待つことはあっても、最初か最後まで二人きりってちょっと珍しいな。
「ねぇ、そういえばヒナとベインはいつ帰ってくるの?」
「遅くはなると思うが今日帰ってくると思うぞ。ただ、深淵連盟……上からの依頼の一件が片付くまでは迷宮から離れられないだろうな。俺も人に任せられるくらい仕事が片付いたら参加することになると思う」
「そうなんだ……」
確かマルクや私が不参加になってる理由は参加できるコンディションじゃないから、だったはず。
それが参加できない理由がなくなったら参加することになるのは、まあ妥当なんだろうな。
でも……
「マルクの権力で断れないの?」
「不本意とはいえ一度受理されてしてしまった依頼をギルド権限で中断するのは色々反感を買うからな……今後のことも考えるなら適当に探索して失敗しました、続行不可能です、で終わらせた方がまだマシなんだ。というかどうせレイがいないと進めないんだし適当に理由つけて切り上げさせるさ」
十層ごとに設置されてる台座のギミックは明らかに私をターゲットに作られたものだ。解除方法を教えたところで私以外には解除できないだろう。
「というか依頼、断れなかったんだね」
「ああ。残念ながらな。今回の依頼の名目は知ってるか?」
「願望機を調査、研究するために学会に献上させたいから依頼を出したんだっけ」
「まあ名目上はそうだな。ただ、名目が名目なだけに断れなかったんだ」
「ん~?……あ、異常気象が関係してる?一応迷宮と異常気象の関係性は伝わってるんだっけ」
「一部の貴族、学会だけな上信じてるやつは陰謀論者と切り捨てられる始末だがな。けど、今回はそれを盾に使ってきた。……本当に関係があるなら、迷宮の底にある願望を調査することでその関係性の解明、そして対策の確立への一手になる。だからこの国有数の研究者が揃ってる学会に献上して研究させる。それが貴族連中の言いたいことだ」
「なるほど……」
……確かにその言い分なら断われない。けど、本当に研究する気があるのか?
前々から迷宮で起きてることに関しては連絡が行ってるはず。魔石を産出すればするほど魔力のバランスが崩れて星がそれをリセットしようとすること。
……正直、これらの情報が全部正確に伝わってるとは思えない。偏見の色眼鏡を通してる時点で伝わっていたとしてもまともに受け取ってはないだろう。
そしてしっかり受け止め信じてくれる人がいたとしても、そうじゃない人の方が大多数だろう。
そんな状況じゃバックアップは望めないし、むしろ邪魔をする側に回っていくだろう。
「どうやって切り上げさせる?これ報酬は達成報酬やんだよね?」
「ああ。ある程度は先払いで金を渡されてるらしいが、それでも報酬の大半は達成時に払われるものだ。殆どの冒険者が金目当てで参加してる現状だと、何をどうしても言うことは聞かないだろうし反感を買うだけだろうな」
「むう……」
今参加してる冒険者は一応『アンブロシア』を支えてきたベテラン達だ。もし不当に受注済みの依頼を中断させて怒って他のギルドにでも移籍されたら、ただでさえ不安定な現状に拍車をかけることになる。
もし今ベテランは揃って抜けることになればギルド自体の存続が難しくなる。
今『アンブロシア』に冒険者が集まってるのは国が運営に関わっているという、報酬が確実に支払われ、依頼の正当性が担保されるという信用に加え、最高レベルで整えられた設備があるからだ。
しかしその信頼も度重なるギルド長の問題行動と辞任、転移者という噂、その関連で調査が入るという不審、その上信用の根幹に関わる報酬が確実に支払われるという信用も依頼の不当な中断という形で損なうことになれば冒険者はギルドから離れていくだろう。
……難しいな。
「なんかいい感じの理由ないかなぁ」
「正直大所帯で行ってもいいことないんだよなぁ。維持費も時間もかかるし、必要以上に俺達のことが知られる。別に秘密主義ってわけじゃないが、情報ってのは操作できるし下手すれば人が死ぬ物だ。それをよってたかって公開しろだのなんだの言われるのは面倒くさい。どこから情報が広がるかわかったもんじゃないし、迷宮のことを知る人間は少ないほうがいい」
「まあそうだよね……」
「それに、前みたいに法律に抵触するかもしれないし、今回みたいに動きにくくなることもある。そもそも歴史に名を残すような功績を残して得をするのは俺かベインくらいしかいないだろ?レイとヒナからすれば有名になっても鬱陶しいだけじゃないか?」
「だね~。どこいってもあのレイチェルさん!?って言われるの想像したら……やだなぁ……」
「だよな」
別に私は勇者や英雄になりたいわけじゃない。ただ、みんなが平和に暮らす地上の営みを邪魔させたくないだけなんだ。
お世話になった人を守りたい、大事な友達が生きる舞台を守りたい、それだけのはずなのに私が有名人になって回りからあーだこーだ言われ続けるのは解釈不一致だ。
「難しいものだね、世の中って」
「ああ」
身の振り方一つすら上手く選べない。そんな今の状況が、もどかしかった。