2-26 それぞれの進む道
「──すぅ──ぅ」
結局あの後から1時間ほど話を聞き続けたあと泣きつかれて寝てしまった。
「マルク、ごめんね付き合わせちゃって」
「いや、俺にも責任の一端がある」
マルクはヒナに怒鳴ったことに責任を感じてるらしい。
「じゃあちょっとヒナをベッドに移すよ」
「わかった、手伝う」
ヒナを背負いベッドに移し、マルクが毛布を掛ける。
1時間かかったカウンセリングもなんとか終わった。
ヒナの身の上話の内容は彼女の才能とも言える魔力がいろんなところで空回りしたという話だ。
ヒナの魔力は形を与えずただ放出するだけで物理的に干渉できるだけの膨大な量だった。
しかも幼い──いや今も幼いが──頃のヒナは自分の魔力を制御できなかった。
芸術品とか精密に作られた物なんか触れただけで壊れる。
むしろ今は制御が上達した方らしい。
遊び相手にじゃれついた時、ぶつかった衝撃に上乗せして魔力をぶつけて数メートル吹っ飛ばした事もあったらしくて相手を骨折させたらしい。
こういった事があるから同年代の関わりはほとんどなかったらしい。
だから魔力の制御を学び、体も鍛え力加減を学べるということもありここに入れられたらしい。
冒険者になりたいという夢は本人の希望らしいが。
はぁ、なんか疲れたな。
昔からこういった話には入れ込んでしまう性格だったのは自覚している。
明日もあるし寝ようかな。
「マルク、私たちも寝よう」
「……そうだな」
長い夜更かしに幕を降ろす。
「んぅ……」
いつも通りの時間に目が覚める。
夜更かしをしても根付いた習慣に影響はないらしい。
しかし寝るのが遅かった分やはり眠気は残っている。
「顔、洗ってくるか」
眠気覚ましに洗顔を選択する。
二人はまだ寝てるので部屋は静まり返っている。
起こさないよう気配を消して洗面所に向かう。
「ん……」
……起こさないつもりだったんだけどな……。
「……おはよう、ヒナ」
「……うん、おはよう……」
昨日のことに加えて寝起きということもありものすごいローテーションだ。
「まだ早いからゆっくりしてていいよ……?」
「……うん」
とりあえず一言言い残して逃げるように洗面所に向かう。
あのローテーションに付き合えるほどコミュ力ないって。
もやもやした気持ちを誤魔化すようにいつもより強めに蛇口を捻る。それに比例して水音も大きくなる。
この音が少し今の気分を紛らわせてくれるような気がした。
「レイチェルちゃん終わった?」
「う、うん」
「じゃあ次私〜!」
…なんか普段よりテンション高いな……。
昨日の夜ふかしで心の底の精神的外傷が少しは和らいだのかもしれない。
効果があったなら何よりだ。
それはとりあえず置いといて
「おはよう、マルク」
「ああ、おはよう」
「なんか、テンション高くなかった?」
「レイチェルもそう思ったか?」
「うん」
「だよなぁ……昨日話してスッキリしたのかもな」
「それならまぁ、良かった」
マルクの目を通しても効果があったように見えたなら、効果はあったんだろう。
「学園生活の本格的な始まりに悩みを持ち込まず始められてよかったんじゃないか?」
「うん、そうだね」
今日から本格的に授業が始まる。課外もだ。
そんな忙しいスケジュールの生活に精神的外傷を抱えたまま持ち込むことにならなくて良かった。
心のそこから、そう思える。
「終わったよ〜!って何の話してたの?」
「ん〜、秘密」
「そうだな。秘密だ」
「え〜ずるい!教えてよ〜!」
「はいはい、じゃあ俺も顔洗ってくる」
「うん、じゃあほら、制服に着替えよ?」
「は〜い」
テンション高いのはそうなんだけど……なんか……懐かれた?
「皆さんおはようございます。今日から本格的に授業が始まりますね。心機一転、頑張りましょう!そして、課外選択も今日が締め切りですね、ちゃんと考えてきましたね?」
課外選択、この一ヶ月見学して回った様々な情報をもとに今後の進路を決める重要な選択。
授業によっては履修したとみなされるためのテストの難易度が違うので慎重に選ぶべきなのだが……正直そんなこと考えてない。
せっかく質の良い授業を受けられるのだ。そんなことに左右されてはもったいない。
だからほんとに必要だと思ったものしか選んでない。
「ではマルクくんから」
「はい、俺は魔術基礎、地魔術課、魔道具課、剣術課の3つを履修します」
「わかりました」
ミシェルが丁寧にメモを取る。
マルクも本当に必要なものを学ぶ気らしい。
課外自体は変更可能だ。というよりこの学院の上級生──十歳になると再選択するので何を選んでも割となんとかなるし、なるようにしかならないのだ。
「次はヒナさん、どうぞ」
「はい!私は魔術基礎、火属性課、風属性課、剣術課をうけます!」
「わかりました」
ヒナは火と風、それに剣を学びたいのか。
鬼ごっこの時使ってた爆風による移動を学びたいのかもな。
「最後、レイチェルさん」
「はい、私は魔術基礎、氷属性課、空間魔術課、魔道具課、剣術課の5つを履修します」
場の空気感が変わったような気がする。
「5つ、ですね?」
「はい」
硬い覚悟を持って返事をする。
これから大変だろう、ハードスケジュールになるだろう。
しかし、どれも学びたいものだ。必要なものだ。
この気持ちや考えに嘘はない。
こうして本格的な学院生活の幕が上がった。
すいませんこちらの不手際でタイトルがないままの状態でした。申し訳ありません。