9-20 wake up
「ゼェ……ゼェ……ここで……一旦休憩を挟む……異論のあるやつは……」
「いないわよ……はぁ……」
第二十層、オウカが居なくなって殺風景になった空間に二十人の荒い息の音が染み入っていく。
「ハァ……丁度いい。【不死鳥】、お前は転移者?ってやつらと会ったことがあるんだろ?そのときの話を聞かせろよ」
コードネームで呼ばれる。
人数が多いから役職ごとにグループ分けをし、その中でも異質な役にコードネームを着けて呼んでいる。
私は【不死鳥】、ベインが【魔剣】だ。……まあ、ただ名前を覚える気がないだけのような気もするけど。
「えっと……」
「なんだ?まさかそれも話せないのか?また情報を秘匿するのか?」
「それは俺から話す」
「……まあいい。【魔剣】、話してみろよ」
「特に面白いことはない。大昔に使われた召喚魔術がなんの手違いか召喚先が現代になって、身元不明の人間が出てきたってだけだ。そこを『アンブロシア』で保護して、色々やってたんだが……全員分不相応な聖遺物に振り回されて死んじまった。もともと本人の持ち物じゃなかったらしいし、召喚したやつの細工なんだろうな」
追求されたら使う予定の話をベインが読み上げる。
これは別れる前にカイさんと詰めておいた話だから不自然な箇所はないはずだ。
「その聖遺物って【不死鳥】の持ってるやつだろ?まさか殺したわけじゃねぇよな」
「んなわけねぇだろ。暴走してたところを俺たちが回収してまた暴走しないよう管理してるだけだ」
「使っていいのかよそれ」
「管理はこっちに一任されてるからな。まあ、そもそももう暴走しないことは確認済みだから普通の聖遺物と扱いは同じなんだよ。名目が管理、監視になってるだけだ」
「ふぅん」
自分から聞いてきたくせに、何か別のことを気にしているような素振りだ。
あわよくばスキャンダルでも掴んで蹴落として、報酬の分配先を減らそうとしてるのかもしれないけど……転移者関連はむやみに口外しないように決めてるし、そもそも依頼の報酬に興味はない。
この人達は転移者がいることは知らされてるけど、転移者がしたことは知らされないようマルクとカイさんが手を回してくれてる。
監査に来てたアベルも出きる限り情報を広めないようにしてくれてる。多分、転移者と迷宮の問題について知ってるのは王族や最上位の貴族くらいだろう。それ以外の人は多分噂程度に留まってるはずだ。
あとは、私達が口を滑らせないよう気を付ければいい。
「よし、そろそろ休憩はいいだろ。行くぞ」
「ちょっと待って!帰りの消耗を考えるならこれ以上進むのは危険よ!」
「二十一層以降は襲ってくる魔物は居ないって話だ。なら様子くらいは見てから帰るべきだ」
「その情報は信用できるの!?危険よ!」
「あぁ!?」
……また揉めてる。本当に、この調子で大丈夫なんだろうか。
「あんまり気にすんなよ。あれでも最上位の冒険者だ。今でこそあれで大人数を率いるのに慣れてないがちゃんと地の練度はある。そこまで心配しなくても大丈夫だと思うぞ」
「そうかなぁ……」
「もともと我の強い種族だからな、冒険者は。ほら、行くぞ」
「うん……」
ベインに手を引かれ、歩いていく。
この人が居れば、今回の探索は失敗しないという安心感があった。
「……ん」
目が覚める。人生の中で幾度となく繰り返してきた起床だけど、今日のはその中でも特段気分がよくて体が軽かった。
「……あれ、いつの間に……」
最後に気を失ったときは『冬空の藍衣』を着てたはずだ。なのに今は二人目が着てた寝間着になってる。
……着替えさせてくれたのかな。
……まあ、いっか。
「んぅ……」
軽く伸びをし、全身に血を巡らせてベッドから起きる。
着替えは……うん、あるね。
「時間は……朝の十一時ね。何しよっかなぁ」
起きるには少々遅い時間だが、何かをするには十分な時間だ。
「とりあえず体は大丈夫そうだし、マルクに会いに行こうかな」
スケジュールを口に出して確認していく。
今日やることはまずマルクに報告、それからできるなら色々話をしたい。
もしかしたらヒナ達も帰ってきてるかもしれないし二人とも話せたらいいなぁ。
あとは……身辺整理?
二人目もいろいろやってたみたいだし荷物は一度改めておきたい。
「うん、こんなところかな。……よし、行こう」
身なりを整え、部屋から出る。
いつもの日常、普段と何も変わらないはずなのに、この一歩目はまるで新しい世界に踏み出したかのような感覚だった。