9-15 夢現
窓から見える景色は白一色、願いは叶わず記録的な吹雪となっていた。
不吉だなぁ、なんて一瞬思ったけど聞いた話だと迷宮は地下に伸びてるらしいし天候は関係ないらしい。
ただ、そヒナたちとは別で気になることがもう一つ。私のお世話をしてくれるっていう人が夜の七時を回っても到着してないことだ。
やっぱり馬車止まっちゃったんだろうなぁ……なんか街の外から来てるみたいだしこの悪天候に足止めされてるんだろう。
……事故ってないといいな。
「……暇だな」
ご飯はもう食べた。外には出れないから練習にはならない。着替えも済ませたし暇つぶしにやった掃除も終わった。
何もすることがないというある意味贅沢な悩みを抱えながら脱力感とともにベッドに横になる。
この分だと例の人が到着するのは明日以降になりそうだしもう寝ちゃおっかな。
灯りを消して、ベッドに潜り込む。
一人で暗闇に身を任せるのはいつぶりだろう。怖くはない。あのとき感じたような焦りや恐怖は今はもう無くなっていた。
ただ、その分いろんなことに思考が回る。
記憶を失う前のことを教えてくれるとは言ってたけど一体どんな内容なんだろうか。
予想通りだと……いや、盗み聞きした話だと私は迷宮にいたらしい。それも最前線に。
理由があってそんな危なそうなところにいたのか、ただ好きで潜っていた破滅願望持ちか、大義があってのことなのかはわからない。
それに拡張収納をひっくり返してみれば知らない薬や物騒な刃物、よくわからない魔道具なんかも出てくるし本当に何をしていたんだろ?
……駄目だ。一回考えてしまうと気になって仕方ない。
あと二週間か……早く教えてくれないかなぁ。
もう荷物になるだけは嫌だ。せめて記憶を取り戻すかさっさと働けるようになって二人の役に立たないと……
……寝よう。今考えたって仕方ない。
この焦りを、不安を、欲望を、眠ることで搔き消そうとした。
──眠りに落ちる寸前、赤い光が胸の中で迸った気がした。
「……」
歩いていく。日も落ち、真っ暗な街の中を歩いていく。
誰もいない、暗く静まり返った夜の街に、ただ一人の少女が雪を踏む音だけがこだまする。
こんな時間にこの街を一人で出歩くのは社会からの爪弾き者か、余程の急用があるものか、怖いもの知らずの阿呆しかいない。
この少女はどれに当てはまるのだろうか?いや、どれとは言わず全てに当てはまるのかもしれない。
ただ、中途半端な記憶しか持たないこの少女の知るところではなかった。
それどころか今と昔が入り混じり、混濁した記憶の中ではまともな思考は行われておらず、意識と呼べるものもはっきりと覚醒していない。
その少女は中途半端に思い出した記憶という夢の中にいるまま、ただ呆然と一つの目的を果たすために夜風に吹かれながら歩いていく。
「行かなきゃ……」
ただその一言だけが暗くくすんだ夜空に吸い込まれていく。
その少女は、街の中央の巨大な遺跡に向かって歩いていく。
目的も、意思も、その気持ちが自分の物なのかも分からないまま。
「──────────────え?」
気がつけば、真っ暗な闇の中に居た。
何も見えない。どこなのかも分からない。
ただ一つ、夢じゃないということを感じながら暗闇の中に立ち尽くしていた。
「えっと……《発光》」
小さく明かりを灯してみる──が、この程度の小さな灯りじゃ何も見えないほど広く、暗かった。
「……術式変更、形式変化──《行灯の灯火》」
より規模の大きい光属性の術式に書き変え、回りを見渡してみる。
「……どこ……っ」
ひび割れた石畳、先の見えない暗闇、何本も分岐していく廊下。
見覚えがあるような、無いような。
でも、自然とその名前が唇から零れ落ちる。
「迷、宮……?」
見覚えがなくても、この緊張感は体が覚えている。
夢遊病か無意識のうちかは分からないけど、私は迷宮という危険な場所に入り込んでしまったらしい。