9-11 心の蓋
「ただいま~」
「ただいま?」
あれから特に寄り道することもなく、一直線にギルドと呼ばれる建物に帰ってきた。
「あ、そうだ。もう一つ案内しとこうかな」
「どうしたの?」
「まあまあ、ついてきて」
また手を引かれるままに歩いていく。
受付の横を通り抜けて、どんどん人気の無いところに進んでいく。
これ、完全にバックヤードの方なんじゃ……
「ここだよ」
「お、おぉ……」
ちょっと薄暗い位のところまで歩いた後に、目的地に着いたと教えてくれた。
扉の先には、見渡す限り本の山。
どこを見ても本棚があって、机に積まれた本が目に入る。
「少なくとも前々ギルド長の時代からある書斎だよ。自由に入っていい許可は貰ってるから、暇になったら来るといいよ。ここ冷暖房完備で快適だし」
「……凄いね。どんな本があるの?」
「割りとなんでもあるよ。ただ報告書とか、教科書とかが多いかな」
「教科書?」
「魔術の教科書。いろんなジャンルが揃えてあるから読んでみると面白いよ」
「へぇ……」
魔術、その言葉の響きがどこか頭の中に引っかかった。
「……ねぇ、丁度暇だしさ、読んでみてもいい?」
「ん?いいよ。何読みたい?ミステリーとか恋愛モノとか、ファンタジーもあるよ」
「魔術の教科書」
「え、あ……」
「何かおすすめある?」
「え〜っと、ちょっと待ってね……」
そう言うと、積み上げられた本の山えお崩しては下に戻したり、本棚に目を通しては違う本棚を見に行ったりと、慌ただしく動きながら何冊か本を見繕っていく。
「あ、あったよ……はい、これ」
「ありがとう」
どこか自信なさげに三冊の本を持ってきてくれた。
「初心者向けのやつだから。わからないことがあったら聞いてね」
「うん。ありがとう」
……この本も見覚えがある気がする。
初心者向けと言っていたし、私も昔この本で勉強していたのかもしれない。
「じゃあ、私もちょっと自分の勉強するから」
「わかった」
ヒナが本の積み上がった机の近くに座ったのを見て、近くの空いてる机と椅子に腰を下ろす。
それじゃ、とりあえずこれからいこうかな。
三冊のうちの一冊を手に取り、左端から目を通していく。
そうして文字に溺れる時間は流れる水のように、なだらかに、されど興奮という飛沫を上げながら過ぎ去っていった。
「そろそろご飯行こ?」
「え?」
「もう七時回ったよ」
「もうそんな時間?」
「うん。ここはいつでも来れるからとりあえずご飯行こ?」
「わかった」
本に栞を挟み、椅子から立ち上がる。
結構集中してたみたいだな……三時間か四時間はここに居たのかな?
にしても結構面白かったな……時間があったら実践もしてみたいな。
ただ回りを巻き込んだりしそうなことがちょっと怖い。制御をミスったりして怪我したりとかもだ。
誰か傍で見てくれる監督者が一人いた方がいいだろうなぁ。
……よし。
「今度勉強したこと試してみようと思うんだけどさ、付き合ってくれない?」
「いいよ~。一人じゃ危ないからね、特に慣れないうちは」
「だよね」
やっぱり相談しておいて正解だったみたいだ。
「丁度そういうの試せる場所があるから練習したくなったら言ってね」
「わかった。何から何までありがとうね」
「ううん。いいの」
ここまでやっておいて何だけど、本当に私とヒナはどんな関係だったんだろう。
親しい間柄だったのはわかるけどそれが友人なのか、親族なのか、命の恩人だったりするのか、そういった情報を思い出せないし、教えてくれない。
私の昔に繋がることを話さない理由はわかる。実際危険だってことは理解してる。
それでも、ここまでしてくれる相手のことを何一つ知らないまま、っていうのは気が引ける。
「……?どうしたの?」
「いや……なんでもない」
……やめよう。このまま考えても多分いいことない。また頭痛や吐き気に繋がるのがオチだ。
それに昨日ベインが言ってくれたじゃないか。
二人は私にも合わせてくれるみたいだし、今私が焦っても帰って迷惑をかけるだけにかりそうだ。
そうだ。まだゆっくり、慣らしていけばいい。
思い出せないなら思い出せる状態になるまで休めばいい。
──何も、焦る必要はないんだ。
そんなことを考えながら、薄暗い廊下を歩いていく。
私は、目覚めたときから感じていた焦りに蓋をした。