9-10 理想の人
「次これ着てみよ」
「うん……」
「いいねぇ。じゃあ次は……」
「多くない?」
「そう?」
かれこれ何時間も服屋に居座って試着を繰り返してる。
いい加減ちょっと疲れた……服の新調ってこんな時間のかかるものだっけ?
「んー……まあ、良さそうなのいくつか見つかったしそろそろお会計にしよっか」
やっと終わった……時間かかったな……
正直色が分からないから完全にヒナの美的センスに任せることになったけど……まあ、大丈夫でしょ。
「お待たせ~。これ帰ったらクローゼットに仕舞うからそれまで拡張収納に入れといて欲しい」
「わかった」
紙袋三つを小さな鞄に収納していく。
これほんとどういう仕組みなんだろ……
物騒なものから日用品までいろいろ入ってるし、記憶を失う前の私は一体何をしてたんだ……?
「そろそろいい時間だし、ご飯行こっか」
「だね。一回帰るの?」
「ううん。近くにご飯食べられるところがあるからそっちに行こうと思ってる。それでいい?」
「いいよ」
「じゃあ行こっか。近いからすぐ着くよ」
そう言われ、ヒナに手を引かれながら歩いていく。
昼時とはいえもう雪が降ってくるような時期だ。上着を着ているとはいえ少し肌寒い。
そんな風を感じながら、街の中を歩いていく。
「ここだよ」
「情報屋……?」
「うん。もともと情報屋をやってたらしいんだけど、ついでに始めた飲食業のウケがよかったらしくて今は普通にご飯処としても営業してるよ」
「そうなんだ……」
「とりあえず入ろ?寒いでしょ」
「そうだね」
中に入り空いてる席に座り、適当に注文を済ませる。
「ねぇ、あのコルクボードって……」
「ああ、あれね。いろんなこと書いてあるよ。読んでくる?」
「……ちょっと行ってこようかな」
席を立ち、コルクボードの前まで移動する。
『大陸各地で確認されてる異常現象について』
『農作物、漁業の収穫量の減少』
『東の金鉱ついに掘削開始か?』
『快進撃を続けていた迷宮探索も停滞か?』
『不作に備えて行われていた養殖業の成果』
『衝撃、王家長女の婚姻相手は?』
へぇ、結構いろんなニュースが──
「……っ!」
突然頭に鋭い痛みが迸る。
何が……いや、落ち着こう。深呼吸、深呼吸──
「……うん。もう大丈夫」
痛みが引いたのを確認してから席に戻る。
「どうだった?」
「いろいろ書いてあったよ。あそこのニュースってどれくらいのペースで更新されるの?」
「んー、この街のことだったりしたらすぐ書き換えられるけど……遠い場所の出来事だとすぐにはあそこに載らないね。一ヶ月か二ヶ月はかかるかな」
「そうなんだ。じゃあもう王家の長女さんは結婚してるかもしれないんだ」
「あ、それ見た?結局相手誰になったんだろうねぇ。前々からいろんな噂が流れてたんだけどね、長女さんには好きな相手が居るけど立場上婚約者にはしずらいって理由で立場がふさわしい違う人と結婚するのが定石なんだけど、その結婚できそうな立場の人も二人いてさ、めちゃくちゃ揉めてるんだよね。王族って他の貴族よりは権力強いからさ、その権力で長女さんが自我を押し通すか回りが押し勝つか、前から気になってるんだよねぇ……」
「へ、へぇ……」
……なんか、思ったよりデカい話題を踏んだみたいだな。
いやでも王族の婚姻って言ったら結構大きいイベントみたいなイメージあるしこれくらいは普通に出回ってる情報なのか?
というかこの国の政治体制どうなってるんだろ?
「いやぁいいよね、こういうお話。私にも出会いの一つくらいないかなぁ……」
「あ、そういう……」
シンプルに恋バナが好きなだけだった。
「お待たせしました」
「ありがとうございます」
そんなことを話してるうちに注文してた料理が届いた。
「じゃあ、食べよっか」
「だね」
手を合わせ、一言唱えた後にフォークとナイフを手に取る。
「ないかなぁ、出会い」
「まだ言ってる……」
「いやだってさ、子育てまで見据えるなら後二、三年で結婚適齢期なんだよ私達。そろそろ相手の一人くらいいてもいいんじゃないかなって」
「まあ、そうなのかもね……」
そもそも今私達何歳なんだっけ?
ぱっと見十四か十五くらいだけど……適齢期ってそんな早かったっけ。
「あと四年もすれば二十歳だし相手の一人くらい探さないとなぁ」
「……十六歳?」
「ん?ああそうそう、この前誕生日が来たから十六歳になったの」
「それは……おめでとう?」
「ありがとう」
少し幼く見すぎていたみたいだ。
にしても十六……十六かぁ……そんな歳の女の子が人一人養えるだけの貯金があるってほんとどんな仕事してるんだろうな。
収入じゃなくて貯金だしな。年齢的にも働き始めてからそんなに経ってないだろうし、よほど切り詰めて貯金したのか。
前者だとすれば何か目的があってそのお金を貯めたんじゃないのか、後者だとすれば法外な給料が発生してる可能性があるし、何か危ないことしてないのか心配だな。
「どうしたの?ぼーっとして」
「え、ああ、何でもないよ。そういえばヒナの好みのタイプとかないの?」
無理矢理話題を変えにいく。
変に気を遣ったりしてるって勘繰られて気まずくなるのはちょっと嫌だ。
「え~?んっとねぇ……私より強くて、優しくて、私を助けてくれた人」
「助けてくれた人?」
「そう。昔ね、困ってたときに助けてくれた人」
「初恋の人ってこと?」
「うーん……そう聞かれるとわかんないけど、少なくとも私の中でこれ以上好感度が高い人は居なかったかな。だから、恋人にするならそんな人がいい」
「……そっか」
どこか悲しそうな目をして笑うヒナに、私はただもやもやした気持ちを抱えたまま、賛同することしかできなかった。