9-9 一歩目
「うぷ……」
「大丈夫?」
量が多いやつにしたのは失敗だったな……味が分からないせいで胃が張る感覚だけ残って気持ち悪い。
次からは少ないやつにしよう……
「ふぅ……もう大丈夫」
「歩ける?」
「うん」
「じゃあ行こっか。そうだね……手始めに床屋さんからでいい?」
「いいけど……」
元がどんな髪型だったのか知らないからなんとも言えないけど、これわざと伸ばしてたんだよね?
だとしたらちょっとハサミ入れるの気が引けるな……
……まあ、すぐ伸びてくるだろうしちょっとくらい気にしなくてもいっか。
「……ねぇ、なんか刃物扱ってるお店多くない?」
「んー、まぁこの街だと消耗激しいからね。予備用で持ってる人も多いし多少品質が悪くても需要はあるからああやって出回ってるんだよ」
「えぇ……」
刃物って言っても包丁とかじゃなくてガチの剣とか槍だよ?何に使うの……?
「まあ私達は自前の持ってるから気にしなくていいよ。それに、何かあったら私が守ってあげるから」
「……ありがとう?」
拡張収納の中になんか物騒な物あったから触らないようにしてたけど……あれはあって当たり前の物だったんだ……
……もしかしてここ治安悪い?
「えっと確か……あった」
ちょっと治安が不安になりながらも歩いていたら、どうやら目的地に着いたらしい。
「すみませ~ん」
「ん?ああお客さんか。女の子二人ね、空いてるから好きな席に座っちゃって」
「は~い」
ヒナに手を引かれ、二人並んで空いてる席に座る。
「助手ちゃん、君はこっちのヒナちゃんをお願いね」
「了解で~す」
「それじゃ、レイチェルちゃんは私が。今日はどうする?」
名前を呼んで対応される。
もしかして前に……というか、常連レベルで通ってたのかもしれない。
「え~っと……」
「ん、珍しく優柔不断だねぇ。どうする?いつもみたいに軽く整えるだけにしてもいいし、思いきって髪型変えても似合うと思うけど……」
「……今日も軽く整えてください。少し伸びてきちゃったので」
「ほいほい。それじゃシーツ掛けるね。首、苦しかったら言ってね」
慣れた手つきでシーツを掛けられ、頭にいろいろ付けられる。
ヒナの方もカットが始まったらしく、二つのハサミの音が静かな空間に響く。
そうして、少し眠気を感じ始めてた頃、後ろから唐突に吹いた風が終わりを教えてくれる。
「ほい、終わったよ。どう?」
「おぉ……」
少し整えてもらっただけなのに、だいぶ見違えたな……おんなじ髪型だよね?
「大丈夫そう?」
「はい。ありがとうございます」
「助手ちゃん、そっちはどう?」
「終わりました~」
「うん、上出来。良く出来ました。あ、代金はまけとくよ。助手ちゃんの練習になってくれたからね」
「それはいつも通りでしょ、ラックさん。普通に上手だし通常料金払いますよ」
「そうかい?嬉しいこと言ってくれるじゃないの。ねぇ?助手ちゃん。この代金はそのまま懐に納めな。初ボーナスだ」
「え!いいんすか!?」
「お菓子でも買ってきな。って、待たせちゃったね。はい、代引は丁度、毎度あり」
「ありがとうございました〜」
「ありがとうございました」
代金を今回は?ちゃんと払い、外に出る。
「……ねぇ、あれ大丈夫なの?」
「ん?何が?」
「明らかに見習いさんにやらせてたけど……」
「ああそれは大丈夫。ちゃんと免許持ってて許可とって運営してるお店だから腕は信用できるし、ちゃんと上手だからね。そもそも他にちゃんと許可とってる床屋さんがあそこくらいしかないし」
「そうなんだ……」
そんなもんなのかな……
「ちゃんと櫛と風で切った髪取ってくれたから髪が落ちてきたりもしないし、髪型も整えてくれたし、今回は気持ちよく代金も払えたし、お出かけのスタートとしては上々じゃない?」
「……そうだね。次はどこに行くの?」
「んとね、レイチェルちゃんの服を買い足しに行こうかなって思ってる。これから寒くなるからもうちょっと冬物あった方がいいかなって。それにお洒落の幅も広がるし」
「そのときはまたヒナが着付けしてくれる?」
「任せて!なんなら今からもっと可愛くしてあげる!ほら、行こっ!」
小走りになるヒナに手を引かれ、少し寒い空気の中を走っていく。
目覚めたばかりの、新しい私の記憶はまだ始まったばかりだ。