9-8 分からないなら、分からないなりに
「……よし、こんな感じでいいんじゃない?」
「おお……」
姿見は無いので手鏡で軽く全身を確認する。
肌寒い時期なので全体的に露出は控えめ、ジーパンにロングコートといったコーディネートになった。
「あとは……よし」
髪を軽く梳かし、ゴムで髪を後ろで括り、左側の前髪をピンで上に固定する。
「器用だね」
「私なんてまだまだだよ。こういうのほんとは……ううん。なんでもない」
ヒナは何かを言いかけて、それを飲み込んだ。
私もなんとなく何を言おうとしたのかは想像がつく。でも、追求はしないことにした。
「それじゃご飯食べに行こっか」
「うん」
近くにあった鞄を掴み──あれ?なんで今私はこの鞄を……
「……ねぇ、この鞄のこと知ってる?」
「あー……これは……まあいっか。その鞄ね、拡張収納っていって昔レイチェルちゃんが作った物なの。何でも入るんだよ」
「なんでもって……結構小さいけど……」
「まあまあ。そうだなぁ……あ、この椅子とか入れてみよっか」
「椅子って……」
戸惑う私を置き去りにヒナは鞄に椅子をねじ込もうとする。
「……え?」
「ね?凄いでしょ」
絶対に入らないはずの椅子が一瞬で飲み込まれた。
どういう仕組みだろう……?
「よいしょっと。他にも色々入ってるはずだから困ったら漁ってみたら?」
「漁るって……」
……後で何が入ってるかは確認しておこう。
「それじゃ、行こっか」
ヒナに手を引かれ、部屋の外に出る。
案外、ヒナの方がお腹が減ってるのかもしれない。
見知らぬ廊下を歩いていく。
ヒナは何年も通い慣れたような足取りで、私は未開の地を歩くような足取りで進んでいく。
「ここだよ。ここが酒場」
そのまま手を引かれ、何人、何十人もの人が出入りする場所に連れてこられる。
「冒険者は生活リズムが人によってバラバラだから酒場は結構長い時間開いてるの。お腹減った時ここに来たら何かしら食べれるよ」
「へぇ……」
……凄いな。ただご飯を食べる場所にこんなに熱気が籠ることがあるんだ……
まるで食べることに命をかけてるような……いや、これが最後の食事になるんじゃないかたいうような意気込みで食べてるようにも見える。
……ほんと、ここなんの施設なんだろ?
「ん~……っと、あった。あそこ空いてるから座ろっか」
「わかった」
三つ並んで空いてるところを見つけたのでそこに座り席を取る。
「好きなもの注文していいよ。お金は出すから」
「あ……ごめん、そういえば昨日のお粥お金出してくれたんだよね。確か財布が入ってたはずだから……」
「いいの。だってレイチェルちゃん今収入無いでしょ?」
「うぐ……」
お金の話が出た時点で収入がない問題については気付いていた。
けど、現状働ける状態かと聞かれると良く分からない。
「しばらくはリハビリに時間使うことになるだろうし生活費は私が出すよ」
「でも……」
「いいの。別にお金に困ってるわけでもないし、というか使いきれないくらい貯金があるし」
その年でそんなに稼いでるの……?一体なんの仕事をしてるんだろ……
「それより、ほら。好きなの頼んで」
「俺もいいか?」
「うわっ!?」
「ベインはダメ。自分で頼んで」
「へいへい」
突然後ろから声をかけられたと思ったら、昨日と同じ格好の、フードを被ったベインが居た。
気付かなかった……
「隣、座るぜ」
「う、うん……」
私の隣に、長い棒みたいなものを二本立て掛けながらベインが座る。
「さてと……よし、俺は決めた」
「私も。レイチェルちゃんは?」
「えっと……一番安くて量があるやつで」
「……わかった。すみませ~ん!」
ヒナが店員さんを呼んで注文を伝える。
正直、なんでもよかった。味が分からないからね。
だから食事はこの空腹を解消するための行為。楽しむものじゃない上、人のお金ならできるだけ安いやつがいい。
……なんだか、悲しくなってきたな。
「んー……あ、そうだ。食べ終わったらどうする?」
「俺は仕事。探索手伝えってギルドから言われてるからな。近々組むって言ってる大規模合同探索の件もあるし下見にな」
「わかった。じゃあ私は暇だしレイチェルちゃんとどこか遊びに行こうかな」
「遊べるとこなんてあんのか?」
「んーまあ散歩がてら、って感じになりそうかな。この街を紹介したいし。あ、でも洋服買いに行こうかなとは思ってるよ。それと床屋さんかな。この二週間で髪伸びてるだろうし。それでいい?レイチェルちゃん」
「え、あ……うん」
トントン拍子に予定が決まっていく。
自分も関わるスケジュールなのに口を挟む余地がない。
けど、ちょっと楽しみにしてる自分が居た。
何も分からないなら分からないなりに、着いていってみようと思った。