9-7 燻る闇
「……ん……ん?」
カーテンの隙間から差し込んだ朝日で目が覚める。
色がわからなくても、眩しいことはわかった。
甘い香りがする。心地のいい暖かさが麻痺した感覚の上からでも伝わってくる。ほのかに暖かい吐息が、首筋を撫でる。
抱き合うような形で、私とヒナは眠っていた。
「っ……!」
もしかしてあのまま同衾した?
見た感じ十四か十五くらいの女の子と?
これはいいのか?いやでもあの後そのまま一緒に寝たなら本人の合意の上……いや、私がベッドを使ったからそれ以外に寝れる場所がなくて仕方なくってこともあるのか?
というか警戒心とか無いの?流石に同性でも少しは躊躇うものじゃない?単に警戒心が薄いだけ?それともそれくらい心を許される間柄だった?
私寝てる間に変なことしてないよね?また汗かいてベッドとかヒナの服とか汚してないよね?
寝言とか言ってたらどうしよ……いびきとかかいてないよね?
いろんな思考が頭の中を駆け巡る。
ただ、そんな混線した思考はたった一つに纏まる。
「ん……ふぁ~……おはよう。レイチェルちゃん」
目の前の少女に思考の全てが奪われる。
「……おはよう。もしかして起こしちゃった?」
「ううん。いつもこれくらいの時間だよ。よい、しょっと」
ヒナはベッドから降り、軽く伸びをする。
腕を伸ばしたり、上体を反らしたり。はだけて見える肌が少し心臓に悪い。
「もうちょっと気にした方がいいんじゃない?」
「何が……っとと」
シャツのボタンを閉じ、襟を整える。
露出うんぬんを差し引いてもこの気温でこれは見てるだけでも寒くなる。
「ああボタン?全部閉じると息苦しいから外してただけだよ」
「それでもほら、人と一緒に寝るわけだし……女の子として気にした方がいいんじゃない?」
「まあ、レイチェルちゃんならいいかなって。それに今さらだしね」
軽く笑いながらヒナはそう言った。
……ほんと、記憶を失う前はどんな間柄だったんだろう。
「どうする?朝ごはん食べに行く?」
「うん。流石にちょっとお腹減ってきたかも」
昨日お粥を食べてしっかり寝れたからか体の感覚が戻ってきた気がする。
というかよくよく考えれば食事も摂らずに二週間健康を維持できる環境だったんだよね?ここ本当になんの施設なの?
「じゃあ、ちょっと着替えてくるね」
「ふふ、手伝おっか?」
「……ちょっと、お願いしたいかもしれない」
「え、あ、ほんとに?」
おそらく、というか十中八九冗談の発言を本気で返す。
「いや、ちょっと相談なんだけどさ……」
一日一緒に過ごして距離感が縮まったからか、昨日のことがあったからか、なんとなく話す気になった。
感覚が鈍いこと、色が分からないこと、味が分からないことを相談する。
「あー……あぁ……」
何かを考えてる。多分私の昔のことに関係することだ。
「……これね、レイチェルちゃんの昔に関係することなんだけどさ、話すかどうかはレイチェルちゃん次第なの」
「……それは、どういう……」
「まだね、レイチェルちゃんがショックに耐えられる状態か分からないから思い出させないようにして、って言われてるの」
「……」
確かに、記憶を失うレベルのショックを目覚めてすぐに思い出すのは危険だって、私でもわかる。
ただ、それだけ酷いことがあったってことも同時に感じてる。
気になるけど思い出せない。
このもどかしい気持ちが、焦りを生んでいた。
「……無理に思い出す必要はないと思うよ。急ぐ必要ないもん」
「でも、じゃあ──」
この目覚めたときからある焦りは、なんなんだ。
そう、言いたくなる。
でも、それと同時によかわからない怖さも感じていた。
「……」
「ほら、着替えに行こ?手伝ってあげるからおしゃれしようよ」
今はその提案を断れなかった。
「……うん。お願い」
「まっかせて!とびきり可愛くするよ!この時期に使える服どんなのがあるか分かんないけど!」
本当に大丈夫かという別の不安を抱えながら部屋を移動する。
この焦りは、今は忘れることにしよう。