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9-3 忘却の欠片

 分からない。思い出せない。気持ち悪い。


 なんだ、なんなんだ。私に何があったんだ。


 二週間前、私はなんで倒れたんだ?

 病気?いや、痩せてるとは思うけど病気って程じゃない。少なくとも二週間前も意識を失い続けるほどの病気ならこの状態にはならないんじゃないか?


 怪我にしても傷跡は無いし、痛む場所もない。


「……」


 思い出せない。私が何者だったのか、レイチェルという女の子が何をしていたのか、思い出せない。


「レイチェルちゃん、ちょっと出掛けてくるね」

「うん……わかった。ここで待ってるね」

「別に自由に出掛けていいんだよ?」

「いや……なんか、そういう気分になれないの。というか土地勘も忘れちゃってるみたいだし……」

「……わかった。じゃあ帰ってきたらご飯食べに行くついでにこの街をもう一回見て回ろっか。何か思い出すかもしれないし」

「……うん。ありがとう」

「いいよ、このくらい。それじゃ、ちょっと行ってくるね」


 この街を案内してくれるという約束を言い残して、ヒナはまた出ていってしまった。


 ……そういえば、この建物はなんなんだろう。

 ホテルとか旅館って感じでもないし、アパートなんかの賃貸にしても構造がいびつな気がする。


 話を聞く限り寝たきりだった私を二週間も介護し続けられる場所みたいだけど……病院、って訳でもなさそうだし……


 ……私が住んでた場所なのかな。服とか、荷物とか、いろいろ置いてあるし……


 でも、それが私の物だったのかは思い出せない。あれはヒナの荷物と言われても、それが本当かどうなのかも私には分からない。


「……本当に、気持ち悪い」


 独白が静かな部屋に染み込んでいく。


 薄暗くて、冷たくて、どこか懐かしい部屋で、ただベッドに座り込んでいた。

















「どうぞ、こちらへ」

「すみません。何度も押しかけちゃって」

「いえいえ、お気になさらず。心配なんですよね」

「……はい。聞いてもいいですか、レイチェルちゃんのこと」

「……わかりました」


 また応接間に通され、ソファーに座ってアーノルドさんと向き合う。


「……かなりまずい状況です」


 一番聞きたくない言葉が放たれる。


「肉体的には何の問題も無いはずなんですが……恐らく精神的な問題でしょうね。話を聞いた限りだと、とてつもない精神的外傷(トラウマ)を植え付けられているはずです。それをシュウトが肩代わり出来なくなってレイチェルさん本人にのしかかり、抱えきれなくなったストレスから逃げるため本能的に記憶を封じ込めた。それが私の会見です」

「……そう、ですか……」

「でも、恐らく何もかも全部忘れてしまったという訳では無いでしょう。あなたの名前には反応を示しましたし、天気や食事といった常識、生活に必要な知識は残ってるみたいです」


 確かに、記憶が全部なくなって赤ちゃんみたいになってる訳じゃないのはそうなんだろう。

 けど、もし金銭感覚や文字の読み方なんかを忘れてたら普通に生きていくのも難しくなる。


「……回復する可能性は、ありますか……?」


 絞り出すように声を出す。


 レイチェルちゃんは私の大切で、かけがえのないもの親友で、恩人で、仲間で、家族みたいなものだ。


 神様。大切な人が元気でいて欲しいと思うのは、ダメな事なんでしょうか──


「無いとは言いきれません。原因がストレスである以上、それが改善、もしくは立ち向かえるほど精神が回復すれば望みはあります」

「っ……!じゃあ──!」

「はい。できるだけ安静に、安全な場所で様子を見て、手助けしてあげてください。あなたがやるのが、一番レイチェルさんにとって安心できるはずです」

「わかりました……!」

「ただ、今のレイチェルさんは以前と比べほぼ別人です。先程のは治療ではなく診察の一環なので大丈夫ですが、本人の意思を無視しての治療は行えません。なので記憶を取り戻す処置、治療に関しては精神状態が落ち着いた上で、本人が希望することが条件になります。それまで無理に思い出させるようなことはあまりしない方がいいでしょう」

「わかりました」

「……くれぐれも、カイのことは言及しないように」「……わかりました」


 まだ望みは薄い。レイチェルちゃんが思い出さなくていいと言えば別人としての人生が始まるし、望んだとしても思い出せるかは分からない。

 そもそもその選択肢を選べる段階まで行けるかも分からない。


 でも、なんにせよ私はレイチェルちゃんを手伝いたい、応援したいと思ってる。その気持ちは、絶対に変わらない。


 傷口には触らない。楽しいことをやって、ゆっくり休んでもらって、目前の課題は見えないところに隠して平穏に暮らす。


 それが、今できる一番の治療だ。


「色々ありがとうございました」

「いえいえ。次の診察の時に吉報が聞けることを祈ってます」


 教会を出て、帰路に着く。



 帰りは、雪の隙間に眩しい光が指した気がした。

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