8-42 葬送の唄
「行け!」
「うん!」
「分かってる!」
ヒナとアベルが切り開いた道を、私と愁人が突き進む。
怖い。数が減って攻撃の手も今は止まっているとはいえ、いつ動き出すかも分からない上、当たれば一撃で死にかねないものがまだ周囲に何本も形成されてる。
けど、怯んでられる場合じゃない。
恐怖も、竦む足も、全部無視して押し付けて、今はただ走っていく。
「っ……まずい……!」
ヒナとアベルの《焔聖閃剣》で闇の刃は焼き払われ、五秒ほど機能停止していた。
だけど、教皇からまた闇属性の魔力が吹き出し新しく刃が再構成されていく。
このままだとまたすぐに動き出す。その前に愁人を送り届けないと……!
「《空間歪曲・圧縮跳躍》!」
距離の概念ごと空間をねじ曲げ、一気に接近する。
「行って!」
「ああ!」
走り出す愁人の背中を押す。手伝えることはここまでで、私の仕事はここからだ。
「《氷晶結界》!!」
闇の刃を凍らせ、動きを止めていく。
分かってる。こんなの気休め程度だ。私の出力を超えて願望機、黒幕から魔力が供給されたら何の効果もない。
それでも、少しでも倒せる確率が上がるならやらない選択肢はない。
「『虚空の断剣』、『幽玄の星』。『我が手には孤高の断罪を』『遍く全てに導きを』。『秩序に混沌』、『愛と憎悪』、『未来と過去』。『異なる位相』『破られた法則』『違えた誓い』──」
長い、永い詠唱の末、覚悟と悲哀、慈愛に満ちた眼差しで、手を伸ばす。
「──『君に出逢えたことに、感謝を』『葬送の唄をここに捧ぐ』。──《幻想の王と旅路の終譚》」
黒い刃に斬り裂かれながら、愁人の指先がティターニアさんの額に触れる。
白、黒、赤、青く、黄色、緑、紫、橙、いろんな色が混ざりあったような光が、場を埋め尽くす。
「っ……愁人!」
目を眩ませながらも、命を張った仲間の名前を呼ぶ。
「大丈──」
「騒ぐな。もう全部終わった」
「愁人!」
仲間の姿はすぐに現れた。
傷だらけだ。王子様みたいな衣装も破れ血に塗れて、魔力が抜けきり表情も暗くなっている。
「全部終わったって……」
「倒した。あそこまでやって駄目ならもうどうしようもない」
そこまで断言するのか……多分ヒナの太陽以上のものを使ったんだろうけど、何をしたんだろう……
あまりの高密度の魔力で私の魔力が弾かれてよく見えなかった。
「魂を破壊した」
「たま、え?」
「ティターニアの魂だ。黒幕の洗脳は魂に依存していた。だから壊して殺した」
それじゃあもう助けられない、そう言いかけて口を閉じた。
愁人は覚悟を決めてやったんだ。その覚悟を問いただすような真似はしたくない。
それに、私も共犯者だ。今さら口を出せる立場じゃない。
「……お疲れ様」
「……ああ。本当に、疲れたよ」
それが、私にかけれる唯一の言葉だった。
「倒せたの?」
「ああ。終わったよ、全部」
「……そっか」
「……事後処理はこっちでやっておく」
「お前は先に治療だろ」
「……そうかもな。で、遺体はどうするんだ?埋葬するか?」
「いや、精霊は魔力の集合体だ。放っておけばそのうち地に還るさ」
「分かった」
一通り話すことが無くなったからか、全員口を閉じ、沈黙が満ちる。
「……さて、僕はここでお別れかな」
「……え?」
「さっきので僕も色々支払った。もう仮初の体はボロボロさ」
「っ……」
「それに、今から新しく死因を増やす」
「え……?」
「持っていけ。これが僕が持ってる情報の全部だ」
愁人の指先が私の額に触れる。
「ぐっ……!」
「愁人!」
その瞬間、黒い刃が愁人を貫く。
これは教皇関連を抜きにして、最初からかけられていた呪いだ。
「その情報をしっかり飲み込むのには時間がかかるだろう。それに、僕が消えれば肩代わりできなくなる。──死ぬなよ。この恐怖で心を壊すな。けど、忘れるなよ。変に乗り越えれば黒幕はそこを突いてくる。怯えろ、ビビれ。それが、一番の──」
何本も黒い刃が愁人の体から生える。
鮮血が舞い、私の顔に赤い液体が付く。
「──じゃあな。せいぜい、頑張れよ」
その言葉を境に、私は気を失った。