8-36 心の支え
眩しい。
開くはずのないと思っていた鉄扉が開き、光が差し込んでくる。
……何も、見たくない。
何もしたくない。何も、しないでほしい。
もう、ゆっくり眠らせてほしい。
「起、きろッ──!」
「っ……」
痺れたように感覚のなくなった体に、胸の奥に、電流が走ったような気がした。
寝ていたのに毛布を剥がされたような、棺の蓋を開けられたような、そんな感覚だったと思う。
「──、……?ぇ、ええっと……」
絞り出すように声を出す。
状況がわからない。今何が起ってる?
「はぁ……はぁ……お、起きたか……」
「えっと、多分愁人がなにかしてくれたんだよね。ありがとう。……ねぇ、何があったか聞いても──」
「待て、ちょっと待て……お前、よく生きてたな……」
「……え、まさか……」
「今お前が処理できなかった恐怖心や痛覚なんかを肩代わりして処理してる。全部じゃないけどね。……お前、どう見えてる?」
「どうって、何が……あれ……?」
「色が無いだろ。色覚異常だ。それと触覚も鈍くなってるんじゃないか?」
言われるまで気付かなかった……いつからだ?いつから目がおかしくなった?
それに触覚もって……
「え……ちょ、ちょっと待って……何か、そうだつねって……っ」
「お、い……」
あの光景がフラッシュバックする。暗い、赤い、痛い、怖い、嫌だ、嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ──
「落ち着け!」
「っ……!え、あ……ご、ごめん!」
「いい……申し訳ないけど、その体の異常は精神的な問題が理由のものなんだ。簡単に言うとトラウマ、心の傷ってやつだね。多少は肩代わりすることはできるけど全部請け負うまではできない。……本当に、すまなかった」
「……いや、勝手に首突っ込んだ私の責任だよ、これは。それに多分私が手を出さなくてもどのみち教皇が──」
「分かってるだろ。それ全部、黒幕の仕業ってことくらい」
「……」
「無理するなよ、今のお前は不安定な状態なんだ。下手すれば肩代わりできなくなってまた精神が崩壊する。自己中になれ」
「わかった……」
色々と納得いかないけど、さっきので全部理解した。
今は無理に思い出さなくていい。敵に立ち向かわなくていい。助けてくれる仲間がいる。
「ふぅ……」
「よし、その調子だ。動けるかい?」
「うん」
さっきヒナが拘束を溶かしてくれたおかげで自由に動けるようになった。
ずっと座りっぱなしでガチガチに固まった体を軽く伸びをしながらほぐしていく。
「おーい、レイチェルの荷物あったぞ」
「あ、ベイン。ありがとう」
「もう大丈夫なのか?」
「大丈夫って訳でもないけど、ひとまず動けるようにはなったよ」
「その代わり僕が死にかけてるけどね。もう僕のことはアテにしないでくれよ」
「わかった。シュウトがなんかしたんだろ?俺からも礼を言っとく、助かった」
「僕の責任を果たしただけだよ」
「それでもだよ!」
「うおっ……ヒナ、急に触らないでくれ。びっくりする」
「ごめん……私からも、ありがとう」
「……悪い気はしないな。……っと、それより早く脱出しよう。上でカイとアーノルドが『長老』を押さえてる。早めに加勢するか逃げてあっちも逃げられる状況を作ろう」
「カイさん達も来てるの?」
「ああ」
『長老』の足止め役をやってくれてるのか……無事だといいな……
「なんにせよ先に上の様子を視た方がいいんじゃないか?」
「それもそうだね。ヒナ、頼んでもいいかい?」
「うん。ちょっと離れてて」
ヒナから炎が立ち昇る。《空間把握》を火を混ぜて構築してるんだろう。
「ちょっと冷やすね」
「助かる」
まだ上手く使えてないのか、炎がこっちにまで広がってきた。
それを邪魔にならないように相殺しつつ、結果を待つ。
「……戦ってる。ただ、なんか無理矢理建物の中に留まろうとしてるような……あ」
「どうしたの?」
「まずい!修道院が崩壊しかかってる!」
「はぁ!?」
「ちょ、ちょっと待って……結構頑丈な作りだったはずだけど……」
「……確かカイさん建物を槍で刺してなかったか?」
「……ごめん、ちょっと燃やしたかも」
「えぇ……」
まあ確かにあれなら燃えても仕方ない気もする。けど、問題はそっちじゃない。
槍っていうのがあのグングニルのことなら、衰弱効果が建物に反映されて……でも、それってわざと崩壊させようとしてるんじゃ……
「……もしかして、道ずれにしようとしてる?」
「っ!それは……!」
「俺が助太刀に行く!お前らは逃げろ!」
「ちょっと待って、確か別の部屋にあれがあったはず……!」
ここにはあれがある。魔法みたいな魔術を装置化したあれが──
「っ!」
鍵も壊して無理矢理とりだす。
前に視えた、あれを。
「レイチェル!どうしたんだ?」
「これ、空間遷移装置だと思う」
「空間遷移って、あの?」
「うん。視た」
「ならこれで纏めて逃げられれば──」
考えろ……『長老』と引き離しつつ一ヵ所に合流できて逃げる隙を作る方法……いや、駄目だ。それをやろうとして失敗したのが私だ。
どうしたらいい……?
「……なあ、それ『長老』が使ってたんだよな?」
「え、うん……」
「なら……」
まずい。愁人の目の色が変わった。何かしでかそうとしている。
そこまで分かったのはよかった。でも、色覚を失ったばかりでなれてなかった私には、魂の色を読んでの先読みが上手くできてなかった。
「寄越せッ!」
「きゃっ!?」
愁人が私の手から装置を奪い取り、起動する。
「『長老』がこんなもの使ってまで会う人物なんて一人しか居ないだろ……!申し訳ないが目的は変えられない。僕は行かせて貰う」
「待っ……行っちゃった」
「どうするんだ?追いかけるか?」
「……いや、愁人は私達で追いかける。ベインはカイさん達を助けに行ってあげて」
「了解。またギルドで落ち合おう」
「わかった。またね」
「また後でね!」
出現した円の中に踏み込んでいく。
別に根性の別れになるわけでもない。殿に残ってもこうやって再開できたんだ。気楽に行こう。
いろんな感情を愁人に肩代わりして貰ってるおかげか、今はそう思えた。