8-35 魂の色彩
「──見つけた!シュウト……ってごめん!」
自分の周りの惨状に気づき、慌てて炎を止める。
「いや……いい」
「大丈夫ですか?」
「すまない、助かったよ。それより──」
「いやはや、まさか冒険者が乗り込んでくるとは」
「っ!離れろ!」
そりゃそうだよね……ミスって仲間を火傷させたくらいのことに引きずられちゃダメ……今はこの化け物に集中──
「レイチェルちゃんを……返せッ!」
「《聖壁》」
あのときと同じように、簡単に防がれる。
「仲間を取り返しに来たか、殊勝なことだ。しかし、それが危険であるということを理解した上での行動か?」
「当たり前だよ!」
「ああそうさ。いつまでもお前みたいな気色の悪いやつに人を預けておくほど僕も不用心じゃない。ヒナの大切な友人を返して貰おうか」
「では、教皇様の命令に基づきお前達を始末する」
「させませんよ」
アーノルドが『長老』の四肢を木の根で縛り付け、動きを止める。
「ナイス!アーノルド!」
それに合わせ、カイさんが上から飛び降り、槍を振り下ろす。
ガキィン、まるで金属どうしをぶつけたかのような音が響き、槍が弾かれる。
「バケモンが……!ヒナ、ベイン、シュウト、先に行け!」
「いいんですか!?」
「ああ!こっちは任せてくれ!」
「……わかりました!」
「ありがとうございます!」
その言葉に甘えて、カイさんとアーノルドさんを置いて走り出す。
「させぬよ」
「こっちのセリフだよクソ野郎が!」
カイさんが上手く間に割って入ってくれたおかげで追撃は免れた。
今のうちに助けに行こう。
「──あった」
レイチェルちゃんの反応があった場所、そしてさっき『長老』が出てきた地下室に入っていく。
もう視えてないけど、嫌な予感がする。
……怖い。
でも、逃げちゃダメだ。嫌な予感がするということは、それだけ酷い目にあってる可能性があるということだ。なら、早く助けに行かないといけない。
「っ……」
嫌な匂いがする。血みたいな、何かが腐ったみたいな、そんな匂いがする。
今は、この予感があったってなければいいなと願いながら進むことしかできなかった。
その願いは叶わなかった。
「っ……!いま、今治すから……!」
「……」
指が無かった。手が無かった。床を見れば引きちぎられたかのように切断された手足がいくつも落ちていた。
血が溜まり、内蔵らしき肉片が散らばっている。
びちゃびちゃと水音を立てながら近づき、不死鳥を使って切り落とされた手足を元通りに治す。
「レイチェルちゃん!大丈夫!?レイチェルちゃん!」
「ぁ……ぇ……?」
目に光が無い。口も半開きで表情も力の入ってない虚ろな表情だ。
「レイチェルちゃん!レイチェルちゃんっ!」
「ヒナ、落ち着け。レイチェル、受け答えできないのは仕方ない。だから勝手にやらせて貰うぞ」
シュウトがレイチェルちゃんの両頬に手を添え、魔力を流し始める。
「シュウト!」
「大丈夫、少し根底の意識を刺激するだけだ。警戒を頼む」
「……わかった」
「了解」
今のレイチェルちゃんの体に異常はない。なら、多分心の問題なんだろう。
確かシュウトは魂が視えるって言ってた。なら、ここはシュウトに任せるしかない。
無意識のうちに唇を噛んでいたのか、血の味が口内に広がる。
今はただ、この情けなさを噛み締めることしかできなかった。
「──《精霊の鏡瞳》」
観測、認識、共に良好。ただ、上手くいってないと信じたい色だった。
……酷いな。どこを視てもただ一ヵ所を除いて灰色だ。今のこいつには自意識と呼べるものが機能してない。今にも魂が崩壊しかかってる。
不自然にも程がある。こんな不自然な輝き方、不自然な翳り方、見たことがない。
これも黒幕の仕業か。本当に気持ち悪い。
「──!」
もっと深くまで観測していく。
ほんの少し、欠片程度でもいい。責任感でも、希望でも、夢でも、プラスの意思や感情が残ってればそれをもとに無理矢理自意識を叩き起こせる。
何か、何かないか──ある、あるじゃないか!
「《喚精励起》!」
唯一残った色──仲間への感情を、無理矢理増幅して自意識を叩き起こす。
これは僕がこの時代で生きてる期間限定の対応だ。僕が死ねば術式がほどけて増幅された感情がもとに戻る。
それでも、生きる意思を取り戻す可能性が少しでもあるならやるべきだ。
「起、きろッ──!」
沈みきった色を、希望の色で染め上げる。
今は生きる意思が無いかもしれない。けど、それはいずれあいつらがなんとかする。
だから、帰って来てくれ。あいつらのために。