8-33 逃亡先
「はぁ──っ!はぁ──っ!」
走る。ただ一直線に走る。
息が乱れてるとか、疲れてるとか、汚れてるとかどうでもいい。
「はぁ──いたぁ!」
「ヒナ!?お前どうしたんだ……確か西のほうの修道院の調査に行ったって聞いたが……」
「れ、レイチェルちゃんが……はぁ、はぁ──」
「よし、落ち着け。深呼吸、深呼吸だ」
焦りのせいかなかなか落ち着かない息を背中を擦られながらなんとか落ち着けていく。
「ヒナ!先走りすぎだ!」
「おお、ベイン。すまんが状況の説明を頼む。何があったんだ?」
「ぜェ──ぜェ──はぁ、それは、僕の方からやらせてもらう……ベインはヒナを連れて下がっててくれ」
「シュウトっ!」
「今の君は焦りすぎてる。少し落ち着いてくると良い。状況を正確に共有するためにも必要なことなんだ。細かいことは僕の方で話しておくから、ね?」
「……わかっ、た」
「ヒナ」
ベインに手を引かれ、部屋から連れ出される。
「ほら、座れよ」
「……うん」
促されるまま近くの椅子に座り込む。
久しぶりにちゃんと座れて落ち着けたような、こんなことをしてていいのかという焦りと安心の混ざった複雑な気分だった。
「お前が焦るのはわかる。でも落ち着け」
「でも、時間をかけたら……」
「わかってる。だから、だからこそだ。あそこは俺が残るべきだった。一番足の早いレイチェルを逃がせば助けも早く呼べる。あれは俺の判断ミスだ」
「……結果論だよ。一番良かったのは全員逃げられること。あそこでレイチェルちゃん以外が残れば残った人が逃げられなくなるもん」
「……いっそのこと全員で残ればよかったかもな」
「それこそダメだよ。全員死んじゃう」
「だよなぁ……」
「加減はしたけど、多分全力で燃やしても倒せなかったと思う」
あの化け物に敵わないということはあの一瞬でもよくわかった。
咄嗟のことで加減したとはいえあれをノーダメージだ。それもかなり余裕で。
全力でやったとしても火傷一つつけられつかどうかといったところだと思う。
「……レイチェルちゃん」
「早く助けに戻ってやろう。まあ、あいつならなんとかやり過ごしてるかもだけどな」
そういうベインの表情は暗いままだ。多分私もひどい顔をしてる。
今まで色んな問題にぶつかって、それでも上手く切り抜けてきたあのレイチェルちゃんが、何の連絡もないままなんだ。何か、自力じゃ解決できない問題にぶつかってるんだろう。
……絶対、助けに行く。
「ぜェ……ぜェ……ふぅ、全く、後続のことを考えず走りやがって」
「落ち着いたか?」
「ああ」
「じゃあ、まあ色々聞きたいことはあるが、そんなことよりも大事なことがあるんだろ?」
「そうだ。単刀直入に言う、レイチェルが捕まった。それも教会の『長老』にだ。あれは拘留とかそんな生易しい対応じゃない。僕には見えた、断言できる。馬鹿みたいな量の魂に自我を押し潰されてる。それも無理矢理流し込まれてな。あれじゃ教皇の言いなりだ。教皇がやれと言えば倫理観も感情もなく淡々と仕事をこなす機械だ。下手すればレイチェル死ぬぞ」
「……分かった。シュウト、お前には色々聞かなきゃいけないことがある。……が、今はそれどころじゃない。行くぞ。前々から教会にはいちゃもんつけられてて面倒だったんだ。この際とことんその鼻っ柱へし折って黙らせてやる」
……怖いな。僕は今までこんなにキレてる色を見たことがない。他社の魂でついた汚れなんて気にならないくらいのどす黒い赤色だ。
「……とは言ったものの今すぐ動けるのは俺とアーノルドぐらいだぞ?せめてあと一日あればもう少し仲間を集められるが……」
「いやいい、むしろ好都合だろう。あんまり人数が多くても脚が遅くなる。今はさっさと戻れる方がいい」
「分かった。じゃあ魔道馬車を用意する。アーノルドを呼んできてくれ」
「了解。それくらいは働くとするかな」
「……なんか、お前性格変わったな」
「これが素だよ。まったく、いい子の振りなんてするもんじゃないね」
「でも別に俺らが嫌いって訳じゃないだろ?特にレイチェル」
「……あんたのそういうとこ、嫌いだよ」
「そうかそうか。なら、俺も気合い入れねぇとな!五分で支度する」
「わかった」
……なんでこの人は視えてないはずなのに僕の考えてることが分かるんだろう。
正直、好きという程でもない。嫌いじゃないな、くらいだ。
この時代特有のあの汚れは未だに受け入れられない。それはあいつも同じはずだ。
でも向き合って見せた。その上で能力を活用し始めた。
それを僕は……なんというか、ちょっと凄いと思った。
あれは本気で気持ち悪い。あんなのまとわりついてる人間と関わるなんて割と本気で嫌だ。
でも、それを視た上でこれまで通りどころか自分に素直になって色んな人に向き合えてる。
そんな姿が、少し僕の中の先入観を変えた。それをきっかけに汚くても少しなら人と関わってもいいと思ってる。
それに、ヒナがいる。
どれだけ汚れても僕があの色を見落とす訳が無い。でも、変わりすぎて確証が持てなかった。
それも今日あの性質を、火炎収束見て確信した。
あれは、あいつは──