2-23 勉強会
「はぁ……」
「大丈夫か?」
「……今は……なんとか」
結局寝たあと昼食を食べに行くことはなく部屋で寝ていた。
時間は午後三時、出かけていたマルクが戻ってきたタイミングで起きた。
魔力が抜けすぎたせいで目眩が止まらない。確認すると今の私の魔力は112/561、普段より明らかに回復が遅い。
「ていうかマルクは大丈夫なの?私より魔力使ってそうだけど」
疑問をぶつけてみる。
私より少ない魔力でヒナをいなし続けたんだから私より使った魔力は少なくても割合で見ればマルクだって結構使っている。
なのにとくに体調がわるいようには見えない。
「俺は大丈夫だ。魔力残しながら戦ってたからな。というよりレイチェルは大技振りすぎて魔力なくなったんだろ?俺はそんな大技使ってないし」
言われてみればその通りだ。マルクは土壁とそれを動かすことで戦っていた。コスパはいいのか。
というか一度も触れられず魔力残しながら戦ってたのか、器用すぎないか?
「まあ結構回復したみたいでよかったよ。これもらってきたから食べられそうだったら食べとけ」
差し出された手には小振りなパンが乗っていた。
食堂から貰ってきたのか。
実際昼食食べれてないからありがたい。ほんと気が利くな。
正直まだ食欲が湧くような体調ではないんだけど食べておいたほうがいいのは間違いないだろうし、せっかくの好意だ。受け取っておこう。
「ありがとう」
パンを受け取り口に運ぶ。
それほど大きなパンじゃないのですぐ食べ終えた。
「そういえばマルクはどこに行ってたの?」
「図書館に行ってた。レイチェルが使ってた空間魔術が結構使えそうだったから俺も練習したくてな」
マルクは私の空間跳躍を身につけたいらしい。
もしかしたら霜獄の領域の方かもしれない。
「ちょっとだけなら教えられるよ」
「助かる……けど大丈夫か?」
「うん、魔力も少しずつ戻ってきたしちょっとくらいなら魔術使えるくらいには回復したし」
「そうか、なら頼む」
回復してきた魔力で魔術を構築する。
「《空間把握》」
部屋を私の魔力で満たす。
それぞれの所持品の位置、服の布の形、閉まりきってない扉まで、ありとあらゆる情報が流れ込んでくる。
「これが空間魔術の基本。何をするにしてもこれで空間をちゃんと認識できないと不具合が出てくる、空間魔術は空間に干渉する魔術だから計測に不備があると事故に繋がる」
「なるほど、試してみるから一回解いてくれ」
「わかった」
魔術どうしで干渉しないよう空間把握を解除する。
「《空間把握》」
今度はマルクの魔力で部屋が満たされる。が、途中で構築が途切れてしまう。
「っ!」
「大丈夫?」
「大丈夫だ。少しびっくりしただけだ」
おそらく急に大量の情報が流れ込んできたことに対して驚いたんだろう。
落ち着いてすぐに再構築を始めた。
「《空間把握》」
もう一度魔力が満たされていく。しかし、初めて使うからかまだ魔力が乱れている。
「っ!」
「だよね、ちょっと難しいんだよ、これ」
「う〜ん、あ、ちょっと試してみたいことがあるんだがいいか?」
「別にいいけど……何するの?」
しばらく待ってるとマルクは紙とペンを持ってきた。
二週間前、破格の値段で買ってきたレターセットの一部だ。
「試しに刻印魔術にしてみる。多分そっちのほうが安定する」
──刻印魔術
そういえばマルクはよく魔道具の授業によく見学に行ってた気がする。
魔法陣を刻印にして残すことで術の効果を底上げして本来使えないはずの人がその魔術を使えるようにする技術。
鬼ごっこのとき壁を動かせる自由度が高かったのはこれを利用したのか?
マルクは紙にペンを走らせ魔法陣を描き込んでいく。
よく見るとただ描くんじゃなくてインクに魔力を乗せて描くことで紙に魔力を定着させている。
そう時間のかからないうちに紙に陣を描き上げた。
「できた、ちょっと試してみる。《空間把握》」
さっきとは目に見えて安定して、一定の間隔で魔力が満たされていく。
「……すごいね」
すでにかなり完成度が高い。さっきは全然安定してなかったのに急に安定した。
「どうだ?結構上手くいった手応えだが」
「うん、結構上手い。これなら空間に干渉しても大丈夫かも。ただ部屋の中じゃ狭くて危ないから今度外でやろうか」
「ああ、そうだな」
「というか、私はその刻印が気になるんだけど。明らかに魔力の乱れとか隙がなくなった。そんなに効果あるものなの?」
「今回の刻印魔術は結構上手くいったほうだ。刻印素材が良質な物だったからかな。なんならこっちは俺が教えようか?」
「うん、お願いしたい」
「わかった。じゃあこのペンのインクに魔力を乗せる練習をしよう。インクに魔力を染み込ませるようなかんじでやってみて」
手渡されたペンのインクに魔力を流してみる。
まあ案の定上手くいかない。魔力が弾かれてしまう。
ならやり方を変えてみよう。もっとゆっくり、丁寧に、数値を1ずつ減らすくらい少しずつ……
お、少し混ざったように見える。けど、全然混ざってない。まだほとんどがただのインクだ。
駄目だな。もっとイメージを固めないと難しい。少し工夫しよう。
「《空間把握》」
空間を認識する魔術をインクに対して発動する。インクの分子結合まで計測するくらい濃く発動する。
結果、分子結合までは分からないけどインクの量、形、流れ方、このペンに対する全てを認識する。
認識したインク全てに等間隔で魔力を流す。
これで上手くいっただろ──と思ったがまだ魔力が乱れている。
いや、正しくは魔力はちゃんと等間隔に配置されたがそれはあくまでその空間に対して。インクに対しては等間隔にならない。
常にインクが動くからその瞬間は正しく魔力が配置されても次の瞬間には間違いになる。
つまりはインクと同時にインクに合わせて魔力を動かさなければいけないのだ。
う〜んムズい!常時インクの動きを観測してそれに合わせてミリ以下の単位で魔力を動かさなきゃいけない……
ん?あれ、そういえば別に私が動かす必要なくない?
魔力はある程度物理的干渉を受けるのは分かってるからもっと魔力の量と密度を下げて干渉を受けやすくすれば……
「……上手くいった」
「結構上手いな。コツを掴むのが早い。あとはそれを維持したまま上に描き込むだけだ」
「わかった」
このバランスを崩さないようゆっくり、紙に描き込む。
描き込むのは簡単な《凍気》の術式。
乱れないよう、丁寧に、慎重に描き込む。
時間をかけてできた陣はすこし不格好だがまあ綺麗にできたほうだろう。
「できたな。あとはいつも通り魔術を発動するだけだ」
「わかった」
いつも通りの感覚で魔力を流す。ただ普段は陣に魔力を通すことで変換しているが今回は紙に通すことで変換する。
無事魔力は冷気という現象に変換された。
ただいつもより冷たい。やっぱり効果はあるんだな。
「上手いじゃないか」
「ありがとう、けど、難しいね。まだ練習しなきゃ」
「それは俺もだな。刻印にすることでなんとか発動できただけでまだまだ下手だ。だからまだ教えてくれ」
「うん、もちろん。それに私もまだまだだから、教えて欲しい」
「ああ、力になれるなら」
こうして互いの魔術を教え合うことが決まり、時間は過ぎていった。