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8-32 赤赤赤赤赤赤赤赤

「次だ」

「い"ぃっ……!」

「次だ」

「ぐ、うぅ……!」

「指が無くなったか、では手首から切り落としてやろう」

「や、め……あ"、あ"ぁぁぁあ"……!」


 利き手の先から少しずつ、人間の体ではなくただの赤い粘土に変えられていく。


 涙が止まらない。汗が止まらない。血が止まらない。


「はぁ"──はぁ"──ん"っ、ぐ……!ゲホっ、ゲホっ……」


 胎を殴られ口の中が血の味でいっぱいになる。多分今のでまた内蔵がいくつか壊れた。


「い、や……ゴっ……」


 顔を殴られた。歯が何本も折れて、左目が見えなくなる。


 むしろ見えなくなって良かったのかもしれない。この惨状を、見なくて済む。痛みだけで精一杯なのに、自分が壊されていくのが見えなくなる。


 もう何も見たくない。感じたくない。認識したくない。


 もう何も、見せないで……


「──ぁ」

「礼拝の時間になってしまった。私は席を外すが……入信、する気にはなったかね?」

「……」


 強制的に取り戻された思考回路を働かせる。

 自分の心が折れてないかは、魂を見れば分かる。


「……それは、でき、ない」

「そうか。ではまた夜に。死んでくれるなよ」


 また人間の形を保っていない状態まで壊されても、脳内でいくつもの逃げ道を考えても、一つだけ、たった一つだけの色は影を落とさなかった。


 さっさと諦めて地上に出してもらった方が助けて貰いやすいかもしれない。

 入信して隙を狙って逃げ出した方が何倍も楽なはずだ。

 今すぐ死んで逃げ出した方がいいかもしれない。


 そんなふうにいくつもの逃げ道を考えて、考えて考えて考えて考えても、これだけは折れなかった。


 ()()()()()()()


 私の全てが折れても、これだけは折れなかった。


 ああ、そうだ。これは、この気持ちは──


 前々からこの色だけは少し不自然だった。他の私の色とは少し反応が違った。


 分かっていた。視えていた。でも、あの時決めてしまった。


 これが私のものじゃなくても、それを土台に今の私があるならそれに従おう、嘘はつかないようにしようと決心した。


 この、迷宮を攻略したい(このきもち)は、誰かに植え付けられたものだ。


 そして、その犯人は一人しかいない。


 本来簡単に喚べるものじゃないのに私をこの世界に喚び、魂だけの状態で放り出した術者。


 推定迷宮の最下層に居るであろう、黒幕。


「ゔ、え"ぇ"……」


 気持ち悪かった。これまでの人生全部を否定されたような気持ちだった。

 私は、私の色は真っ黒に染まってるのに、この色だけが煌々と輝いている。


 そして、この色が輝いている限り私のこの気持ちは嘘になる。


 嘘は大罪らしい。もし嘘をつけばどうなるか、想像したくもない。


 この状態で隠し通せるとは思えないし、そんなことする勇気もなかった。


「……もう、いや……」


 いっそのことこのままここで死んでしまおう。そうすればきっと楽になる。


 そう思って、ただただぼーっとしてたら、昨日と同じように音が響き始めた。


 鼓膜が破れる。頭も体も血だらけなのに、まだ赤くなる。


「……疲れたな……」


 死ぬにしても、せめて少し横になりたい。

 そう思い、無駄に元気にされた体で椅子を揺さぶり、血と臓物で汚れた床に倒れ込む。


 自分の血、汗、涙、尿、いろんな体液が混ざった液体が既にぐちゃぐちゃの服に染み込んでくる。


「……おなか、すいたな」


 鼓膜が破れ、なにも聞こえなくなり、ここまで来てようやく一昨日から何も食べてないのを思い出す。


 でも、ここに食べられるものなんて──


「──ゔ、ぐ……お"ぇ"……」


 気がついたら、それを口にしていた。


 床に落ちていた自分の指を、広がっていた体液を、生きるためにではなく、死なないためにと体が勝手に動いていた。


 胃袋が痙攣する。入れたばかりの赤い物体が口から吐き戻され、それをまた無理矢理口に入れていく。


「死にたい……」


 そう言えども、体は生に向かって動いている。

 味が分からなくなってたのが、唯一の救いだったかもしれない。


 心はとっくに折れた。色は暗く沈み込んでる。


 それでもまだ、この状況を作り出した犯人は私を解放してはくれない。


 迷宮の黒幕も、教皇も、誰も彼も私を殺すことに夢中らしい。


「こんな悪夢、早く覚めればいいのに……」


 何も聞こえないのに、ただ独り言が零れ落ちる。



 赤く塗れた部屋で、白かった少女が蠢いていた。

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