8-27 『長老』
クレイ教には基本的に入信や入会といった概念はない。
信者でなくとも利用できる恩恵があり、信者でなくとも教会には入れる。
ただ、それでもガチの人はいる。
心から神を信仰し、人生を教会に捧げ布教することを喜びとする人間もいる。
そしてこれから向かうのは、そんな人達が己の信仰心を再確認し、磨きをかけるための施設だ。
「にしてももの好きだよねぇ。あんなエセ宗教に人生懸けるなんてさ」
「成り立ちを知ってるシュウトからすればそうもしれないけどい今の時代の人はそんなこと知らないからねぇ〜。ねえ、どんなふうにクレイ教ができたのか教えてくれない?」
「残念。いくらヒナの頼みでもそれは無理だ。下手すると僕が死ぬからね」
「……へぇ」
「おっと、レイチェル、下手に突っついてくれるなよ。いざとなったらお前らも巻き込んでやるからな」
「怖いねぇ」
魂を見ればそれが本気かどうかは一発でわかるけど……いい加減覗き続けるのも失礼だしやめとこう。
いい加減ようやく使いこなせるようになって興奮していろいろ視てました、なんて言い訳も通じなくなってくる頃合いだしね。
「にしてもこんな街のど真ん中にあるもんなんだな。邪魔じゃねぇか?」
「まあ街の成り立ちからして修行のためにの場所みたいだし、むしろ一般人が住み着いて発展していったほうがおかしいのかもよ?」
「そういうもんかねぇ」
本来の目的とは異なる形で発展していったのはどういう背景があるのか少し気になるけど、今じゃない。
今は──
「もうそろそろいいだろ。レイチェル」
「だね。──《空間把握》」
万が一気取られることがないように必要最低限の魔力を込めて目を展開する。
目的は教皇に関する情報、またはそれが記された書類を盗み見ること。
そして、教会内部において教皇に次ぐ権力を持つ『長老』の魂を視ること。
『長老』というのはあくまで役職を指す言葉で一個人を表す言葉じゃない。
でもアーノルドさんいわく歴代の長老はみんな自らの素性を明かさず、人間味を感じない立ち振舞であったらしい。
実際、この修道院での修行も何年もやってるらしく、そろそろ十年を超えるらしい。
そんな人間が権力を握っているということは、何か裏があるんじゃないかというのが私達の予想だ。
さあ、そんな世捨て人は何を想う──?
「私に何か用かね?」
「──は?」
「何か用があるなら正門から──ふむ、暴力的なことだ」
「《灼竜砲》──!」
「《聖壁》」
ヒナの攻撃に合わせて全員咄嗟に距離をとる。
「どこから──!」
「何処からと聞かれれば、上からと答えるのが正しいのであろうな」
「上……?」
この修道院はそれなりに大きい。五階くらいはある。
ただ、一階が大ホールになってる関係上かなり高い。
もし五階から飛び下りてきたと仮定すると、その高さは二十メートルを越える。
その高さを怪我も無く音も立てずに……?
だとすると手練れどころの騒ぎじゃない。そもそも咄嗟で加減もしたとはいえ、ヒナの攻撃を完全に防ぎきってるあたり損耗を考えるなら今すぐ逃げてもいいレベルだ。
「それで、諸君は何の用でこんな時間にこんなところまで来たのかね?」
「……少し尋ねたいことが」
「質問には答えよう。嘘は大罪の一つであるが故、神に仕える者として問いには偽り無く真実を語ろう」
あまりにも透き通ってる色だな……でも嘘をついてる色じゃない……仕掛けてみるか。
「……私達は教皇について知りたいんです。以前指名手配された時から、なぜ殺せとまで言われたのか、なぜ私が狙われたのか、その思惑を知りたいんです。教会内でも最上位の権力を持つあなたなら何か知っているのではと思いまして……」
「ふむ、嘘をついたな?その指名手配は既に撤回されている。堂々と正門から入り聞きに来ればいい話だ」
「そ、それは……私達はあなたほど熱心な信者というわけでもなく、まして一度指名手配された身となるとどう入ったものかと右往左往してた次第で……」
「それも嘘か」
「っ……!」
声色なんかからバレないようギリギリ本当のことを言ったのになんでバレる……?こいつには何が分かってるんだ……?
「お前らが来ることは教皇様から御達しがあった。理由も含めてな。真実を語るなら私も応じようと考えていたが、指名手配されるようなやからに期待した私が愚図であったようだ」
「何が……っ!」
「先程も述べた通り虚偽は大罪であり、神の代理である教皇への背信は神への冒涜に等しい。これらの罪の上、教皇直々の命令である。これらの理由から私はお前らを罰し、状況によっては殺害する。降伏するなら今のうちだぞ?」
「ふざけ……るなっ!全員散開!無理に戦わなくていい!私が殿をやるから撤退優先!」
正直こいつは得体が知れなさすぎる。ヒナの攻撃を一歩も動かず防いだり、魂の色が変わらなさすぎる。
おおよそ真っ当な感情がある色の変動じゃない。
『ステータス』を使ってもバグが起きたんじゃないかと疑いたくなる異常な数値ばっかりだ。
とにかく下手に相手して返り討ちにあうのが一番駄目な選択だ。手数が多く逃げ足の早い私が残って時間を稼ぎたい。
「ふむ、神罰を抵抗するか。では少し痛い目を見ることになるやもしれんぞ?」
「大丈夫、誰もお前にはやられないし、教皇の言いなりになんてならない」
「では、神罰と行こう」
深夜、修道院の裏で密かに戦いが始まった。