8-13 名無しの王の過去2
「ここに人が訪ねてくるとはね。何の用だい?」
精霊の杜に来てから一年と少しがたった頃、一人の人間が訪ねてきた。
「率直に言う。仲間になってくれ。お前、転移者なんだろ?」
「うん。そうだね。でもそれと君に協力するかは別の話だ」
訪ねてきた人間はアルカディア・ムーンライト、日本での名前を日向奏汰というらしい。
その人間は訪ねてきて早々に協力を要求してきた。
目的は異常気象の原因、もしくはそれに関与していると考えられる魔王の討伐らしい。
「そもそも、それは人間が解決することで僕達が関与することじゃないだろう。それに、互いに不可侵の条約を締結していたはずだ。これは重大な条約違反なんじゃないかな?」
「その条約を交わした時の王は互いに代替わりしているし、定期会合をそっちがすっぽかしたからわざわざこうやって訪ねる羽目になったんだろうが」
「あー……まあ、それはすまなかった。けど協力はできない。それに協力したところで僕達に何かあるわけでもないし、そもそも僕に戦闘能力はない」
「お前は精霊に頼まれればなんでもできるんだろ?」
「……チッ。バレてるか」
精霊王の体はティターニア以外の精霊が力を注ぎ込み作った一級品のボディだ。いろいろと機能が仕込まれてる。
魂の観測以外にも精霊からの願いであればそれを叶えるために自動的に力を作り出す機能があるらしい。
まあ、今では大半の精霊が小学生以下の知性だからまともに機能したことはないけど。
「だとしても僕がここを離れれば精霊は滅びかねない。精霊王としての機能に反する行為なんだ。下手すれば僕が消える」
「なら誰かに頼んでもらえばいいだろ。ほら、そこの……」
「……ティターニアには関係ないだろう」
「そうでもない。俺達が失敗すればいずれこの森も滅ぶ。そうなればここに住む精霊も死ぬぞ」
「その時は僕がなんとかするさ」
「……わかってるだろ、お前だって。いくらお前の特性ボディでもできないことはある。精霊はどうやったって自然のエネルギーを収集しないと生きていけないんだろ?お前がもしここで戦い続ければいずれ森が枯れる。お前は精霊を守るために戦うこともできないんだ」
「……」
実際、その言葉はある程度正しかった。
精霊王の体は特注品で高性能なだけにエネルギーを食う。
ほぼ全ての精霊からエネルギーを受け継いだとはいえ、全力で戦うとなればそれだけエネルギーを吸い上げなければいけない。
「……チッ」
「なあ、いい加減折れてくれないか?連れを待たせてるんだ」
「あの罪の意識に潰れて人の形も保ててないやつのことか?」
「……おい」
「お互い様だね」
「……はぁ。なあ、ティターニアさん。言ってやってくれないか?俺についていって大陸を救ってこいって」
「おい」
「……そうね。滅びを避けるためには今行くしかない、これは私も賛成よ」
「……ティターニア」
「あなた、お願いしてもいいかしら?」
この時点でもう僕の敗けは確定してた。精霊王である以上精霊であるティターニアからの願いには逆らえない。
「私達のために、魔王を倒してきて」
「……わかったよ」
せっかく手に入れた楽しい生活を手放すのは嫌だった。
わざわざ面倒な旅についていくのも、死ぬ危険を背負うのも嫌だった。
でも、君にそう言われてしまったらもうどうしようもない。
「……はぁ」
まあ、そもそもこの生活も自分で手に入れたわけじゃないし、精霊達の相手も少し疲れた。少しくらい席をはずしても文句は言われないだろう。
「──すぐに帰ってくる。ほんの少しの間、この杜を頼むよ」
「ええ」
「……僕も、一つお願いをしてもいいかい?」
「ええ」
「帰ってきた時、また僕を受け入れてくれるかい?」
「ええ」
「……ありがとう。それじゃ、行ってくるよ」
「行ってらっしゃい。私達の王様」
ティターニアに見送られながら小屋を出る。
精霊達が何事かと集まりこっちを見てきた。
「すまないね、みんな。しばらくここを離れることになった。なに、すぐ戻ってくるよ。それまでティターニアの言うことをちゃんと聞くんだよ」
精霊王としての仕事を終わらせてから振り返る。
「行くぞ」
「分かったよ」
こうして梓川愁人は、精霊王としての責務をティターニアに引き継ぎ、転移者としての冒険に出ることになった。