8-12 名無しの王の過去1
梓川愁人は、いわゆる天才であった。
恵まれた家庭環境、用意された成長のレール、有り余る金銭。
そしてその全てがなくても大半のことは初見で人並み以上にこなし、大成できるほどの才能。
しかし、それだけのものを持っていながら何かを成し遂げることはなかった。
中学は公立の学校に、高校は至って普通の高校に進学し、普通の高校生として成長していった。
両親は何も口を挟まなっかたらしい。「本人の意思なら」とその行動を尊重し続け、支援し続けた。
それだけ恵まれた環境にいながら何もしなかったのは、つまらなかったからだと愁人は言った。
単純に何でもできる、何でも持ってる、そんな環境に慣れ何も要求されない生活で生き続け、何かを成し遂げようという気持ちにならなかったんだと。
なんとも勿体ない、なんとも腹立たしい話ではあるけど、なんでもある努力しなくていいという環境は才能を腐らせた。
「まあ人付き合いも学校の授業も人の顔色伺っておけば大抵何とかなるからね。ただ望まれた反応を返しただけさ」
勉強に興味はあった。友人は多かった。でも、どこか退屈だった。
そして望まれたリアクション、望まれた結果を出力し続け、ただ過ぎ去っていく日々の中、突然この世界に転移した。
最初は訳がわからなかった。気がつけば見たこともない森の中で、自分の体は透けていた。
なんとか彷徨う中体を得ることには成功したけどそれも自分の体じゃないどころか人ですらなく、一種族の王なんて重責を背負う身だった。
どうしようかと悩んでいたら、一匹の精霊が声をかけてきた。
王を作り出すことにほとんどの力い使い、大半の精霊が小学生以下の知性になっているのにも関わらず、敬語を使いこちらの状況を察して話しかけてくる精霊がいた。
「あなた、どうかしたの?」
「……ええっと、君は……」
「……やっぱり。普段のあなたなら声を発することもないわ。別人、なのね」
「……ああ。すまないが僕はこの体の持ち主じゃない。日本、という場所の出身なんだが……」
「ニッポン……聞いたことのない場所ね。残念だけどそこに帰るのは難しいと思うわ」
「あぁ……まあ、それは別にいいんだ。ここで生きていけるなら特に帰らなきゃいけない理由もないしね」
まあ、最低限両親に何か言ってからの方がよかったかな。なんてことを考えながら辺りを見渡していく。
「……文明の感じられない場所だね。強いて言うならそこの小屋くらいだ。ここがどこか教えてくれるかい?」
「ええ。もちろん。ここは精霊の住む杜。人の立ち入らない、文明の灯りのない西の果て。精霊だけが生息する精霊領よ」
「精霊……本当に訳がわからない。もしかして転生……いや、意識と記憶ははっきりしてるし転移?にしてもそんなファンタジーな……」
「まだ、混乱してるでしょう?中に入ってゆっくり話しましょう?」
「……ああ。そうしよう」
小さなログハウスの中に案内され、よく言えば自然の味が最大限生かされた椅子に座る。
そうしていろいろと説明を受けた。
彼女の名前はティターニア。精霊王に問題が生じた際のスペアであり、問題が生じぬよう監視する役目の精霊だということ。
乗り移った体の特性、能力、精霊との接し方。
この世界の基本的な知識と陥っている問題について。
様々なことを日を跨ぎ脳みそにインストールしていった。
「へぇ。じゃあその勇者とか言うのが召喚されたんだ?」
「ええ。多分あなたはそれに巻き込まれる形で世界を飛び越えてきたのかもね」
「……名前は呼んでくれないんだね」
「ええ。あなたは名前がないことに意味があるんだもの。あなたを精霊王として捉えてる精霊が名前を呼べば存在そのものが崩壊するわ」
「それはまた恐ろしいね。ぜひ今後とも控えてくれ」
「そうするわ」
他愛もない話からちゃんとした話まで、色んなことをティターニアと話した。
魔術というものも教えてもらったし、逆に教えることもあった。役に立たないと思っていた知識も案外役立つものだ。
精霊のお願いも小学生程度の「お花が欲しい」「 撫でて欲しい」「肩車して欲しい」なんかの簡単なものばかりで魔術と知識を活用すれば秒で終わる。
そうして、初めて楽しいと思える生活を送っていく。