8-9 三人目の転移者
台座に手を置き、これまでと同じように起動する。
二色の陣が浮かび上がり、三十層へ続く階段が現れる。
「……行ってみよう」
私の言葉にみんな無言で頷き、階段を下りていく。
「っ……」
まただ。この光景を見るのは三回目になるな。
一つの魔石を核に、大量の魔力が渦巻き人の形を作り上げていく。
「──ん……?ここは……」
現れたのは身長百七十センチほどの男、服装は……御伽話に出てくるような、メルヘンな王子様のような格好だ。
「……あれ、君たちは人かい?」
「……はい。私はレイチェル、おそらくあなたと同じ世界から来た人間です」
「地球から?」
「はい」
ひとまず転移者なのは確定かな。
「名前を聞いてもいいですか?」
「名前、名前ねぇ……こっちの世界の僕に名前はないんだ。ちょっと事情があってね。昔の名前を名乗らせてもらうよ。僕は愁人。梓川愁人だ」
梓川愁人……定番の質問から行くか。
「記憶ははっきりしてる?詳しく思い出せないところがあるとか、見たはずなのに思い出せないとか」
「そういうのは特にないね。日本にいた頃からここに来るまできっちり覚えてる」
「っ!」
覚えてる……?大昔に何があったのか、下手すれば黒幕の正体まで、全部覚えてる……?
「……ふむ。そんなに驚かれるとこっちもびっくりしちゃうなぁ。これまでここに呼ばれた転移者は何も覚えてなかったのかい?」
「……なんで他に転移者がいたことを?」
「なんでって、簡単な推測さ。僕が昔のことを覚えてるって言って、驚くなら僕より前に何も覚えてない転移者が居ないとおかしいだろう?誰が呼ばれたか教えてくれるかい?」
「……龍城桜華とアルカディアが呼ばれました」
「僕は三人目か。いかにもあいつがやりそうな手だ」
「黒幕の正体を知ってるの!?」
「ん?まあね。でもまあ、それは話せないんだ」
「……なんで?」
「他の転移者に記憶がないって制限があったように、僕にも制限があるのさ。簡単に言うと黒幕について話せない。いかにもあいつらしい臆病な──っと」
突如として何もないところから黒い魔力波が飛来する。
「……おっかないねぇ。とまあ、下手すると一撃で死ぬんだ。あまり黒幕については聞かないでおくれよ」
「……わかった」
「──なら、それ以外は聞いてもいいんだな?」
「内容にもよるけどできるだけ答えるよ」
「そうか。俺はアベル。この迷宮で起きている転移者騒動についての調査に来た者だ。その調査に協力願いたい」
「いいよ」
「ならお前達転移者について、過去に何があったのか、なぜ名前がないのか、この迷宮について、知ってることを全部話してくれ」
「わかった。ただ、長くなるよ?」
「具体的には?」
「要約しても三時間、詳しく話すと五時間はかかるかな」
「……なら、地上に帰ってから聞かせてくれ」
「だよね。僕からも質問いいかい?」
「ああ」
「ここが迷宮で地下っていうのはわかったけど、どんな場所かまではわからないんだ。地上に戻るまでどれくらいかかる?」
「早ければ五時間、遅ければ時計一周はかかるな」
「遠いねぇ。魔物でも出るのかい?」
「よくわかったな」
「……へぇ。……まあ、今の僕に戦う力はほとんど無いから、戦闘は頼むよ。後方支援くらいは頑張るけどね」
戦う力はない……ということは桜華やアルみたいな戦う能力がある聖遺物じゃないのか?それとも聖遺物は持ってない?
それに何というかこの人……普通の人というか……
「君、気づいたね?なかなかいい眼を持ってるみたいだ」
「っ!」
「いや、隠すつもりもないし丁度よかったかな。僕、真っ当な人間じゃないんだ」
気取られた……?というか人間じゃないって……
「へぇ?確かに気配が人のそれじゃないのは感じてだが、百パーセント人外って訳でもねぇだろ?」
「よくわかったね。名前を聞いても?」
「構わない。俺はカイ・ヴァルス。ついこの前まで冒険者ギルドのギルド長をやっていた者だ」
「カイ……ヴァルスって呼んだ方がいいのかな?」
「いや、カイって呼んでくれた方がわかりやすい。なんせ他にもヴァルスがいるからな」
「なるほど。……じゃあ、話を戻すけど、僕は人間でもないけど完全な人外じゃない。──空っぽの精霊に人の魂が乗り移った存在、全ての精霊の上に立ち、下に敷かれる者。精霊王『 』それが僕さ」
存在しない名を名乗り、あり得ざる精霊の王であると、梓川愁人は名乗りを上げた。