2-20 戦いの始まり
「あんな手を隠してたのか……これじゃあ……」
「これじゃあマルクしか追えないじゃん!待て〜!」
「くっ!やっぱこうなるか!《土壁》!」
「うわっ!」
おーやってるやってる。
しばらくは二人で潰し合ってもらおう。
それまでは高みの見物決め込むのもいいが……何も手を打たないのは慢心だ。
それにマルクもおとなしく一対一で魔力を浪費するつもりもないだろう。
多分そのうちこっちに逃げて巻き込みに来るな。
マルクが来るまでにこっちに有利なフィールドを作らせてもらおう。
「『曇天に差す孔光』『止まない露時雨』」
魔力を起こし、巨大な魔法陣を組み立てる
「《曇魔の涙》!」
巨大な水球を生成し、上空へ打ち上げる。
手順は試験で放った大技、《彗星》に近いが起こす事象は全く違う。
打ち上げられる最大高度に達した後、水を小さく分割して振りまく。
巨大な水球は幾億もの雨粒となり、重力に従い、落下する。
着地した水滴は地に吸い込まれ、泥となる。
こうすることで走りづらいことに加え、氷の展開が早くなる。
形は違うが彗星の時と同じだ。
先に水を出しておくことで大きな氷を出しやすい上、これだけ広範囲に水があればどう攻められても対応できる。
あとはこの状況を維持するだけ。
「《水泡膜》」
地面に水が染み渡っている範囲を薄いドーム状の水の膜で覆い、蒸発しないよう保護する。侵入妨害も兼ねている。
まあ、止められるとは思っていないが。
さて、できることはやった。
あとは……二人を観察して手の内を見せてもらおう。
光と水の複合魔法──といっても温風と同じでほぼ応用レベルのものを唱える。
「《望遠鏡》」
水の膜を二枚作り、同じ方向に間隔をあけ重ねる。
前世で天体観測用の望遠鏡や顕微鏡の仕組みを理解していたので割と簡単に使えた。
ただ高倍率で二人の動きを追うと酔うので倍率は抑え、引きで見る。
二人の戦闘を覗かせてもらおう。
マルクは前回と変わらず壁を挟んで距離を取る戦い方だ。
ただ気になるのは壁が動いている。
正確には壁に近づいたヒナを拘束しようと壁の土が飛び出してヒナの動きを妨害している。
あんな動かし方できたのか。けどさっきの曇魔の涙はバラバラに落としてるだけだからまだしもあそこまで即興、任意で動かすのは私にはできない。
ただ魔力の操作が上手いというだけじゃできない動かし方をしてる気がする。
う〜ん、タネが分からないな。
次にヒナ。
なんというか、ヒナが飛んでる。
いや羽が生えてるとかそういうことは無いんだけど明らかにヒナの意思で飛び上がり空中を移動してる。
どんなに強力な身体強化をかけてもあの動きはできないだろう。
意味がわからないのは同じだがこっちはまだ解析できそうだ。倍率を上げて移動の直前の動きをみてみよう。
……うっ、気持ちわる。その代わり、ヒナのタネはわかった。
飛ぶ寸前、ヒナの手や足から火がかすかに見えた。
おそらく火の魔術に加え風の魔術を混ぜて強力な爆発を起こしているんだろう。
その衝撃で体を押し出してるのか?
真似できなくはなさそうだが……運動神経ないとすぐぶつかって怪我するな。空間歪曲と同じで何もない空間限定でしか使えなさそうだ。
そんな魔術をあんなポンポン、それも動く障害物がすぐ近くにある場所で……子供の恐れ知らずは怖いな。
さて、そろそろ悠長に観戦してる場合じゃなくなってきた。
予想通りマルクが少しずつこっちに距離を詰めてきた。
ここから打つ手を最適のものにするために二人の魔力を覗き見させてもらう。
二人づつ、魔力に関する情報だけ読み取る。まずヒナから。
「『ステータス』」
《魔力:Lv28》 538/691
《火炎収束》
……すさまじいな。あれだけ動き回ってこれだけしか減ってないのか。
あの状態異常が関係してるのか?
とりあえずまだまだ余力はありそうだ。
次はマルクだ。早く読み取らないとこっちに来てしまう。急ごう。
《魔力:Lv19》 195/476
ヒナより消耗が激しいな……またそれもそのはずだ。
あんなに何度も壁を立てて動き回るヒナに触れられないようにしなきゃいけなかったんだ。
むしろうまくやってる方だろう。
しかしこのままだとジリ貧だな。またマルクも分かっててこっちに来てるんだろうけど。
開始からまだ二十五分か……終了まであと三十五分、ここで乱戦になるのは逃げ切りを考えるなら少し厳しい。
なによりあの機動力が厄介だ。燃費がいい上対応が後手に回る。
直接攻撃禁止のルールがあるから対応をミスるとルール違反にもなりかねない。
……面倒くせぇ。
となると理想はヒナの機動力を封じてそのままマルクと潰し合ってもらうことかな。
これを満たすのはアレしかないか。
ほんとは私を守るために考えたんだけどなぁ、魔力めちゃくちゃ使うし。
果たして使ったとしてどれくらい時間を稼げる?
時間はない。
マルクはすぐそこだ、考えろ。
ヒナとマルクを同時に相手して今の私の魔力で維持できる時間、その上で最低限逃げれるだけの魔力を残して稼げる時間……。
……三十分は硬いな。やろう。
「『迷い人を導き』『さらなる深淵へ堕とせ』」
水の膜を突き破り、二人の挑戦者が入場する。
もちろん、この場の主である私に向かって走ってくる。
だから、私を中心に二人を巻き込んで発動する。
「『冬の辺獄は顕現する』《冬獄の迷宮》!!」
今の私の全力全霊の魔術、氷の監獄を作り出す。