7-76 罪の在処
「はあぁぁぁぁああああっ!!!」
魔石も、代償も使えるものは全部使って、出せる最大火力を叩き込む。
これ以上は無い。この先も無い。
だから、これで終わりにしよう。
「いっ、けぇぇぇえええ!!!」
鈍く、鋭く、蒼く、白く、輝く刃が、竜の檻を斬り裂いた。
「っ──」
酷い。明らかに命を削ってる。
竜の胸部から覗く桜華の姿は弱々しく、普段の変身とは違って、更に肉が減り本当に骨と皮しかないような状態だった。
「ふぅ……っ!」
刀の鞘で水晶を砕いて穴を広げていく。
もう私も動けなくなるし、手早く済ませよう。
竜は私の一撃で機能停止してからは脆く、無意識のうちに身体強化と変身の重ね掛けを使って肉離れ、骨折、筋断裂を全身に引き起こしている今の私でも簡単に崩せるようになっていた。
「はぁ──はぁ──出て、来て!」
桜華は、まるで強い光で目が眩んだカのように目を細め、それでいてなお驚いたようにこちらの姿を見つめる。
巨大な水晶の竜に飲み込まれた桜華を引きずり出す。
「《治癒》」
「なん、で……やめてください、それは──」
「喋らないで。桜華は悪くない、悪いのはこんな命令を下したあいつらなんだから、だから……そんな、顔しないで?」
「っ──!」
なけなしの魔力で発動させた魔術が効いたのか、それとも生きる意思が戻ったのか、ボロボロだった桜華の体がなんとか生きてる体裁を保てるくらいには回復する。
「はぁ──行くよ」
「どこに……」
「外に決まってるじゃん。こんなところ、狭くて息苦しいだけだよ。ほら」
差しのべた手を震える手で掴み、竜の心臓部から脱出する。
竜の亡骸を崩さないよう、慎重に歩き下っていく。
「……本当に、ごめんなさい。私のせいで……」
「仕方ないよ。記憶、視たよ。あれ最初から魔方陣が刻まれてたんだよね?」
「……多分、そうです」
多分、桜華が乗り移った体に最初から隷属魔術の魔方陣が刻まれてたんだ。
だから、本当にどうしようもなかったのだ。
「でも……私が取り乱さなければ抵抗できたはずなんです。だから私の──」
「違うよ。さっきも言ったけどそれは命令した方が悪い」
「……ごめんなさい」
……違う。私が話したかったことは、こんなことじゃない。
「……私はね、よかったと思ってる。桜華と会って、旅をして、武術を学んで……どれも、かけがえのない経験だったと思ってる。だから、こんな悲しい終わり方にしたくないんだよ。だからさ、ほら、笑って?」
「んぅ……」
いつまでも重い表情の桜華を無理矢理笑わせる。
抵抗はされなかった。多分、そんな気力も無いんだろう。
「あいつらに酷いことされなかった?」
「私は何も……鉱山の補強くらいで後は何もさせてくれませんでした……私は、何も……でも……あの人達は……!」
「大丈夫。捕まってた人達は全員生きてる。ベインがみんな集めて亜人の集落に送り届けてくれたよ」
「でも、私は何もできなかった……目の前で人が虐げられるのを、見てることしかできなかった……あの時だって……!」
「桜華に責任はないよ。今回も、あの時も、命令したやつが悪いんだから」
「でも……私がやったんです。私が、自分の手で……!」
……PTSD、もしくは罪の意識に押し潰されそうになってる、とかかな……
……何も、責任はない。何も、悪くないのに……!
「……じゃあさ、今度はお願いを聞いて欲しいな」
「……え?はい……私にできることならなんだって……」
「ありがとう。でもそんなに重く捉えなくてもいいかな。私は──いや、私達は桜華に元気でいて欲しい。そんな暗い顔せずに、明るく笑ういつもの桜華でいて欲しい」
「え……でも、私にそんな資格……」
「いいんだよ、笑って。……グルカちゃん達は、桜華がそんな顔するのを望んでると思う?」
「っ……!」
数瞬、沈黙が流れる。
そして──
「そう、ですね……きっとそうです。こんな顔してちゃ駄目ですよね……」
……まだ固いけど少し元気になってきたかな。
「よし、それじゃ、あっちで待ってる人がいるから、行こう」
桜華に肩を貸し、竜の亡骸を降りていく。
「あぁ……やっと出てきやがったか」
「ベイン……」
「まったく……しょぼくれてないで元気出してくれよ、師匠。そんなんじゃ誰も救われねぇじゃねぇか」
「あ、あぁ……!」
「オウカちゃん、泣かないで。はい、ハンカチ──っとと」
「ヒナ!」
「ごめん、ちょっと流石に疲れたみたい……でも、私は大丈夫だから。ほら、笑って?」
「ありがとう、ございます……!」
「もう、泣かないでってば」
悔しさか、感動か、自己嫌悪か、様々な感情が混ざり溶け合い、涙となって零れ落ちる。
──桜華は、その濡れた瞳で、片腕のない一人の男を見つめる。
「……マルク、ごめんなさい、私のせいで──」
「──そこまででいい。謝罪はいらない。この場に誰一人、オウカを責める人はいないだろ?それより──」
一回区切り、改めてマルクは告げる。
「決闘を受けてくれ」
「ま、マルク?」
「決闘……ですか」
「これは報復でも、賭け事でもない、名誉のための決闘だ。タツキオウカという、一人の人間が誇りと人生をかけて学んだ武術を、技術を、精神性を、あんな知性のない暴力という結末で終わらせないための。その結末を知る人が、たった数人でも、俺はそんな結末で終わったという醜いピリオドで終わらせたくない」
「っ!」
「俺は戦う術を学んだ者として、オウカを尊敬してる。だからこんな結末で終わらせたくないんだ」
「マルク──!」
「そもそもあんた、自分より弱いやつにやられるつもりはないんだろ?あんな下衆どもにいいようにされて終わるのか?──いいわけないだろ?だから、受けてくれ」
「──はい。ごめんなさい、レイチェル、もう大丈夫です」
一人で歩いていく。
やることはいつもの模擬戦とほとんど変わらない。
ただ違うとすれば、命がかかってて、二人とも瀕死というだけだ。
誰が審判をやるとか、そんな話し合いをするまでもなくベインが率先して動き、同じく瀕死の私とヒナはこの決闘を見届けることになった。
「──始め!」
聞きなれた号令が響く。
夕陽の沈む中、二人の闘いが始まった。