2-19 二度目の実戦/本番
「ん…」
体を起こし、軽く伸びをする。
至っていつも通りの時間、いつもどおりの起床だ。
二人はまだ寝てるかと思ったがヒナは既に起きていた。
ここに居ないということは顔でも洗ってるのだろう。
遊びに行った時もそうだったが緊張したりするとヒナは寝れないんだろうな。
さて、私も顔洗おうかな。
ベッドから降り、洗面所に向かう。
扉を開けると予想通りヒナが居た。
「おはよう」
「おはよう!」
「今日も緊張して寝れなかったの?」
「い、いや?」
わかりやすく嘘だ。こういうところは天才でも子供なんだよな。
まあ相手が一方的に不利になってくれる要素ができたなら好都合か?
いやでもそれは良くない考えという気もするし……。
うん、自己責任ということにしとこう。
「そ、そういえばレイチェルも顔洗いに?」
「うん」
「じゃあ私着替えてくるから!」
逃げたな。まあいいか。本来の目的に戻るか。
買ってきたヘアピンで前髪を頭の上に固定する。
いい加減濡れるのが鬱陶しくなってきたから応急措置だ。
やっぱ買って来といて良かったな。
泡を流し、丁寧に拭き上げる。今度は乳液とか買ってこようかな。
……そもそもこの世界乳液とかあるのか?
まあ今はいいか。私も着替えよ。
「おはよう」
「おはよう」
着替えに戻ると体操服姿のヒナの隣でマルクが目を覚ましていた。起こしたなら少し申し訳ないな。
てかもう体操服かよ。……いやでももう一回着替えるのめんどくさいしアリか?
「じゃあ俺顔洗ってくる」
マルクはそう言い残して洗面所に行った。
一ヶ月一緒に過ごしてわかったがほんとマルクは気が利く。
私かヒナが着替える時とかは席外すし些細なところで気遣ってくれるのがほんとにありがたい。ほんとに5歳児かよお前。
将来父親のギルドを継ぎたいらしいがきっといいギルドマスターになるだろうな。
というかそれならヒナはマルクが起きる前に着替えたのか。
とりあえず心遣いを無駄にしないよう戻って来る前に着替えよう。
私もめんどくさいし体操服でいいか。
「皆さんおはようございます。もう準備はできてるようですね」
朝八時半、朝食を済ませ三人全員運動場に集まっていた。
張り詰めた空気感で満たされる。
昨日から誰一人として意気込みは変わっていない。
全員、いつでも始められる状態だ。
この時間を使って装備の最終確認をしとこう。
ゴムで髪をまとめなおし、ヘアピンで前髪をきっちり止める。サポーターが破けてないのも確認したし、杖の動作も確認し直した。
大丈夫、何も問題はない。
「それじゃあ、始めましょうか」
覚悟の決まった眼差しを交わし合う。
「「「最初はグー、じゃんけんポン!」」」
最初の鬼はヒナだ。
正直、良いスタートとは言えない。
時間稼ぎが求められるルールで初手相性の悪いヒナが鬼でスタートは厳しい。
しかし文句は言ってられない。
「いくよ、10」
カウントが始まると同時にマルクは走り出す、が私は動かない。
「《空間把握》」
「9」
ヒナと相性が悪いのは分かりきってる。だから最初はマルクに相手をしてもらおう。
「『歪め、捻じ曲げ、圧縮する』」
「8」
空間把握をできるだけ遠くまで伸ばす。
伸ばすのと同時に別の術式も組み立てる。
「7」
まだだ、まだ引き伸ばせる
「6」
落ち着いて構築しろ、ここでミスれば元も子もない
「5」
杖とこの一ヶ月を信じろ
「『私はこの世の理に干渉する』」
「4」
構築しろ、演算しろ、魔力を回せ!
「3」
あと少し!
「2」
いける!
「1」
大博打の末、この一ヶ月の集大成の一つを唱える。
「《空間歪曲・圧縮跳躍》!」
魔術の発動と同時に私は圧縮した空間を飛び越える。
空間魔術の一つ、瞬間移動に限りなく近い魔術を使用する。
原理としてはそこに何も無いと認識できた空間のみを歪曲し、圧縮し、それを飛び越えた後、もとに戻すことで発生する空間がもとに戻る力で体を押し出すことで長距離を一瞬で移動をする。
ただ、空間に干渉するという事自体難しすぎて構築に時間がかかりすぎる。
今の私では大技も良いところな付け焼き刃だ。
しかしどんなにギリギリでも成功はしたということには変わりない。
結果的にヒナからマルクの何倍も距離をとることに成功した。
これでヒナはマルクを追わざるを得ない状況になった。
消費魔力は大きいがそれに見合う対価は得られた。
二人には潰し合ってもらおう。
そしてその時間を使ってさらに有利な盤面を作らせてもらう。
この戦い妥協も同情もナシだ、絶対に勝つ。