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7-66 苦渋

「ぉえ──っ!」


 胃の中身がひっくり返る。ここ数時間は水と魔術薬(ポーション)しか口にしてないので出てくるのはねばついた酸性の液体だけだ。


「レイ!」

「だぃ、じょうぶ……はぁ……」


 あんな過去があったんだ……そりゃ、こんなの思い出したら心折れるよ……


 でも、あの戦いぶりを見たらついさっきまで相手にしてたのは本当に手を抜かれてたんだな……いや、抵抗してる?


 命令の違いもあるかもしれない。でも、どこか意思が宿ってるような気がする。

 確証はない。百パーセント私の主観だ。


 拘束した時、こっちを見つめ返したことといい、戦いで手加減してたり、色々本気じゃない。力をセーブしてる。

 まるで私達を傷つけないために。二度とあの惨状を引き起こさないために。


 ……強いなぁ。


「う、ぁ──」

「桜華!?」


 喋った。呻くでも、命令されたわけでもなく、自分の意思で喋った。


「こぉ、ろ、して。ぃま、本気で戦ったら、どう、なるか──」

「っ……!」


 ……迷宮の黒幕から出された条件は私達の誰かが桜華を殺すこと。つまり、今でもいいのだ。


 合理的ではある。むしろ、絶好のチャンスだろう。

 何より、多分そうするのが桜華にとって一番いい。


「……分かった」


 刀を抜き、構える。

 狙いは一つ、華奢な首を切り落とすこと。


 ……複雑な気分だな。そうするのがいいんだろうと分かってても、そうしたくない自分がいる。

 理性と感情がせめぎあってる。


 でも、桜華の記憶を視た私にはこうする責任が、きっとある。


「っ!」


 一思いに振り切った。銀の輝きを放つ刃は、空を切った。


「あ、あぁ──!」

「っ──桜華!」


 抜け出した。変身を解いて縮んだ分の隙間を使って拘束から抜け出した。


 隷属魔術は、死ぬことすら許さなかった。


「っ──!」


 ここに来るまでに軽くベインに話を聞いた。

 多分、全力で戦うのには何かのトリガーがある。

 確実に引き金になってるのは術者に近付くこと、危害を加えようとすること。


 今の反応を見る限り桜華を殺そうとすることもトリガーになってるらしい。


 ああクソ!どうすればいい!?

 今全力で戦っても桜華相手じゃ勝ち目がない。それはさっき嫌という程見せられた。


 けどここで逃げてどうなる?

 奴隷犯罪の首謀者は逃げ延び、桜華は連れ去られる。記憶の中とやることが少し変わるだけで惨状を引き起こすことには変わりない。


 それに桜華を殺せなきゃ、先に進む道は開かない。桜華は救われない。何も問題は解決しないままだ。


 ここで捕まえるか殺さないと──


「レイ!離れろ!」

「っ!」


 マルクに言われて咄嗟に後ろに跳ぶ。

 水晶の剣先は頬を掠め、少しの痛みと共に紅い液体が流れる。


「レイチェルどうする!?このまま戦うのか!?」


 ……勝てない。ここで真正面から戦っても記憶の中みたいに変身を重ねて互いに傷を残すだけだ。


 でも、でも……ここで桜華を置いて逃げればこの後桜華がどうなるか、想像がつかない。

 男にいいようにされるか、また同じように殺戮兵器にされるか、どっちにしろ人としての権利は残らないだろう。


 ……嫌だ。それは嫌だ。でも、勝ち目はない。

 私は本調子じゃないし、二人も負傷してる。フィールドも森の中で魔術が通りづらい。桜華有利のフィールドだ。


 ……嫌だ。


「レイ、撤退だ。勝ち目はない」


 嫌だ。


「レイチェル!ワガママ言ってられる状況じゃねぇぞ!このまま互いに傷増やしたいのか!?」


 嫌だ。


「──レイ!」


 ついに痺れを切らしてマルクが私を担いで走り出す。


「マルクっ!」

「レイ、落ち着け。オウカには位置を特定する魔道具がついてる。あいつオウカを連れてる限りこっちはいつでもオウカを取り返しに行けるんだ。一回体勢を立て直して出直そう」

「……でもっ!」

「大丈夫、オウカが抵抗してるのを見ただろ?オウカが()()()心を折らない限りオウカは無事だ。今はちょっと弱ってるだけなんだ」

「違う!このまま桜華を置いていったらどうなるか──」

「それこそ違う。殺戮が起きるとでも言うのか?それが男の利益になるのか?」

「それは……」

「わざわざ捕まえた奴隷を失う可能性があって、やってることが世間にバレる可能性があって、それでいて人を殺す覚悟がないやつだ」

「……」

「抵抗してくる可能性がある奴隷に密着するようなこともしないだろうな」

「ああ。ああいうやつは何よりも自分の命が大切なクズだ。裏の世界を少し覗けばうじゃうじゃいる」

「ほら。だからな──落ち着け」


 …………、…………────……………────


「……わ、かった」



 嫌々、そういう表現がよくあった返事だった。

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