7-65 とある亜人の追想の記憶9
「ぁ、あぁ...... っ!」
自分を呪った。 これまでの人生で自分の時間と呼べるものの大半を武術、武芸に捧げてきたくせに何もできなかったこと。 自分のせいで命の恩人を死なせてしまったこと。──恩人を殺した賊を前にして、何も出来ないこと。
憎悪、後悔、悲哀、憤怒、殺意、自責、ありとあらゆるマイナスの感情が流れ込んでくる。
けど、それ以上嗚咽が漏れることはなかった。
...... いや、漏らすこともできなくなった。
「お、やっと堕ちたか。 手間かけさせやがって」
無造作にダイアさんをどかし、力なく座り込んだ桜華を見下す。
「ふん。 それじゃ、早速命令するか。──獣人どもを捕まえてこい。 多少傷物になっても構わん。 むしろ反抗心を削ぐために痛め付けてこい。 抵抗するやつは殺しても構わん」
「...... っ」
「どうした、行け」
微かに残った抵抗心も命令によって上書きされ、強制的に動かされる。
まるで操り人形だ。 そこに操られる側の意思は介在せず、動かす側の権利だけが主張される。
「あ"、あ"ぁ"──」
負担がかかるからやらないと言っていた身体変化も、後遺症が残るレベルで使う。苦痛も、不安も、無視して。
血の涙を流すという表現があるが、本当に血の涙を流さんばかりの形相だった。
そうして命令によって亜人を探しだし、痛めつけ、賊に差し出した。自分の力の全てを使って。
命の恩人を守ることには使えなかった力を使って。
捕まえた亜人の中には自分が面倒を見て、自分にいろんなことを教えてくれた子供達もいた。
子供達は口を揃えて「どうして?」と言っていた。隷属下の桜華には聞こえはしても、答えることは出来なかった。
捕まえていく過程で変身の魔術は取り返しのつかないレベルまで後遺症を残した。
一度発現させた獣のパーツを消すことは出来ず、人間にはないパーツが体に残り続けた。
そして──
「久しいのぅ、オウカ。え?」
長老、ラギオンさんに会った。
「……」
「受け答えもできんか。……こうなると、一息にとどめを刺してやるのが優しさかのう。お主も、仲間を手にかけて生きながらえるのは、お主も望んでなかろう」
言い終わったのと同時に、黒い血管のようなものが皮膚を突き破り、天を突くように伸びていく。
次第に黒い鱗が伝っていき、血が流れ肉が形成される。
その姿はまるで巨大な龍のような──
「ガアアアァァァァオオアァァア──!!」
「……」
……あのドラゴンの招待はラギオンさんだったのか。
一部の亜人は変身できるって言ってたけど、こんな大きな姿に変化できるのか……
ドラゴンの咆哮が森に響きわたる。
そして二人は一か月前に視た記憶の通り戦っていく。
桜華は後遺症で痛む体をさらに変化させ、ラギオンさんはそんな桜華を慈悲で叩き潰しにかかる。
結末はさらに人間性を削ぎ落とす変身を重ねた桜華の辛勝だった。
「……はっ。儂が負けたか。もう誰もお主を止められんかもしれんのぅ」
血を吐きながら、龍の亜人は哀れみの目を向ける。
「早く死ねるのを祈れ。それか──またお主を救い上げてくれる人が現れるのを待て。死ぬのも生きるのも、どっちも今のお主には必要じゃろうて。……まあ、儂も罪は犯してきた。それでも、無駄に長生きして良かったと思っとる。月並みなことしか言えんがの──少しでも死にたくないと思えるなら生きておれ。きっといつかそれで、良かった……と──」
そこまで紡いで、老人は事切れた。
桜華の記憶を視たからこそ分かる。ラギオンさん以上の戦力は亜人にいない。
そして、命令権を持った賊は未だに命令権を保持している。
詰んだのだ。この先男が何かが原因で命令権を手放さない限り、桜華を捨てない限り、桜華が自由になることは無い。
見れる限りの記憶の最後、アルに拾われるまで、自由が戻ることは無い。
ここから少なくとも一年、未来は閉ざされた。