7-64 とある亜人の追想の記憶9
「はぁっ──っ!」
気迫を込めて、全力で振った氷の刀は難なく弾かれる。
まあそんな気はしてた。でもまあ、弾くために武器を使ったならその隙に二人が攻撃できる。
「くらえッ!」
事前に渡しておいた縄を使ってベインが攻撃する。
目的は縛り付けて行動不能にすること、マルクか私が合わせて魔術で固めれば流石に抜け出せないだろう。
「……」
……成功した。ベインがくくりつけた縄を中心に私とマルクが固めて拘束する。
これなら流石に抜け出せないだろう。
「……桜華、意識は……」
「……」
返事はない。ただ、完全に意識がないわけでもなさそうだ。
こっちを見つめ返す瞳には、何かを伝えようとする意思が宿っていた。
「レイ、オウカは何かを思い出したみたいだった。何がきっかけになったのかは分からないが……」
「何かを思い出した…じゃあ……」
私にそれを読み取れって言いたい……のかな?
「……視るよ」
「……」
声には出してない。動きもしてない。けど頷いたような気がした。
桜華の、思い出した新しい記憶を読み取っていく。
「はぁ──はぁ──」
最初に見えたのは、あの暗い森で行われた二度目の襲撃の場面だった。
「ぁ──っ!?」
それまで子供達を守るために戦っていた桜華が急に膝を折る。
「ハッハァ!やっぱり効きやがった!でも完全には効いてねぇみてぇだな、めんどくせぇ。痛め付けてやればいいのか?ン?」
隷属機を持った男が明らかに出来の悪い、ガタガタのナイフで頬を撫でる。
いくら出来が悪いといってもナイフはナイフ、当てて引けば切れる。その摂理に従って、紅い液体が流れる。
「ッ──オウカ!」
すかさず蒼い毛並みの狼の亜人、ダイアさんが男を殴り飛ばす。
「グッ──お前らァ!やっちまえェ!」
「ッ!」
遠くで待機してた手下らしき男達が弓、またはクロスボウを構える。
狙いは桜華と、ダイアさんだ。
遠目かつ《空間把握》を使ってる私からすれば誰がどこを狙ってるかは簡単に分かるが、狙われてる当の本人達からは暗さも相まって何が起きてるのか分からない。
できることといえば、動けない桜華を庇うことくらいた。
「グッ──」
「だ、ぃあ、さん?」
「気にすんな……こん、なの掠り傷だ」
嘘だ。矢が数本、肩や脇腹、太ももに刺さってる。早く治療しないと死ぬレベルの傷だ。
「それより……はぁ……オウカ、大丈夫か?」
「は、ぃ……私は……でも……」
「いい。そのまま、そこでじっとしとけ。後は俺が──ッ!」
また二本、三本と矢が突き刺さる。
暗闇の中ということもあって致命的な場所には当たってないが、それでも治癒魔術等で今すぐ治療しなければ死ぬ。
けど、ここにそんなことができる人は居ない。呼んでくることも、助けを乞うことも出来ない。
……ちょっと深く潜りすぎたかもしれない。桜華の感情とか考えとか、色々入り込んでくる。
……いや、むしろ知っておくべきなのかもしれない。多分、本来の桜華の根幹に関わる部分だ。
「あぁ……!ダイアさん……!」
悔しい、悲しい、嫌だ、助けたい、そんな感情が流れ込んでくる。
自分には戦う力があるのに、ただ守られてるかとが情けないとも、自分のせいで恩人が死ぬのが悔しいとも、様々な思考と感情が脳内で弾ける。
死んだ。自分を助けてくれた恩人は、自ら武術の手解きをした弟子は、頼れる兄貴分だった亜人は、自分を庇って死んだ。
人の心が折れるには、十分な理由だった。