2-17 秘密の行き先とその目的
昼食を終え、ミシェルに連れられるまま歩く。
相変わらず目的地は秘密のままだ。
もうそれなりに歩いたがまだ着かないらしい。
目的地がどこかは分からないがもう時間は午後1時半を回っている。
ここから学校までどれくらいかかるか分からないが学校に戻る時間を考えればそろそろ目的地に着いても良い頃合いじゃないか?
ステータスを体力に振っているからか疲れはないが……見知らぬ道を目的地すら明かさずに歩くのはなんか精神的に疲れる。それになんか少し薄暗い道に入ったし……。
それにだれも何も喋らないから静かさが際立って不気味さが増している。
早く着いてくれ……。
そんな願いとは裏腹にさらに十五分、歩かされた。
「着きましたよ。ここが今日の最後の目的地です」
や、やっと着いた。
街のはずれの方、それこそ街の最端、騎士団によって守られるこの街に入るための門のすぐ近くだ。
学校は街の中心近くにあるためかなり歩いたことになる。これなら乗合馬車でも使ったほうがよほど早く着いただろ。
というかここ何屋だ?
これといった特徴のない外装、看板の一つすらない。
何も知らなければそこら辺の一軒家と見間違うような見た目だ。
「先生、ここには何をしに来たんですか?」
「これから絶対に必要なものを買いに来たのよ」
必要なもの?必要なものということは学校で使うものを買いに来たのか?
「まあ中に入れば分かります。とりあえず入りましょうか」
店の前で立ち往生しててもどうしようもないのでミシェルに続き店に入る。
店に入って最初に目に入ってきたのは──大量の武具だった。
鎧、剣、暗器の類いまで、幅広く取り揃えられた凶器が展示されていた。
「……いらっしゃい。珍しいね、騎士団の人間以外が来るなんて」
この店の店員らしき人物が出てきた。
顔に大きな傷跡が残り左手の指が一本欠けている。
「……子供連れか、なんの用だ。ガキにはちょっと刺激が強いだろう。外で待たせておけ」
「いえ、そうはいかないんです。今日はこの子たちの剣と杖を選びに来たんですから」
「……そのガキ共にか。武器を持たせるにはちと若すぎねぇか?」
「この子たちは魔術学院ランドラで戦魔術師を目指す子供たちです。剣や杖といった道具は早めに買い揃えたほうが良いかと思いまして。まあ習慣もありますし」
なるほど、確かに戦魔術師は戦っていればなんぼの職業だ。武器は必須か。
「……習慣、ねぇ。そんな理由でガキに武器持たせんのか」
「それ抜きでも道具は早く持って使い慣れておくほうがいいでしょう?この子たちの将来のためです」
「……わかったよ。料金はあんたが出すんだろ?」
「ええ、お金は持ってきてます。この子達に合った道具を選んであげてください」
「……じゃあ、見繕ってやるから一人ずつついてこい。そうだな……じゃあそこの銀髪のから来い」
……ってまさかのファーストバッターかよ!
嫌だなぁ、この人と一対一か……怖え……。
まあ行くしかないんだけど……。
見たこともない道具が乱雑に置かれた部屋に連れて来られた。
一体何をするんだろう。
「それじゃ、まずこれに触れ。お前のステータスだけ見せてもらう」
入学時の試験の時使った魔道具と同じ類のもののようだ。
「……分かりました」
魔道具に手を置くと限定的なステータスが表示される。
《筋力:Lv8》《体力:Lv9》《技量:Lv13》《速度:Lv8》《魔力:Lv19》
少しだけ成長したステータスが空中に浮かび上がる。
とくに魔力が成長している。
「ふむ……これは、上位魔術師でも目指すようなステータスだが……戦魔術師か……となると……」
しばらく考え込んだ後、質問が投げかけられる。
「おまえ、先天属性は何だ」
「氷です」
「……じゃあそれ以外で一番得意な属性は」
氷以外で得意な属性、か。
今まで満遍なく練習してきたからこれといったものはないな。
となると消去法で氷の補助に使ってた水属性か?
「……いろいろ使いますけど、強いて言うなら水属性です」
「……わかった、待ってろ」
私の答えを聞き、私を置いてどこかへ行ってしまった。
といっても数分で戻ってきた。
「こいつはどうだ」
男は小振りな杖と、さっき店に飾ってあったレイピアほどではないが細めの剣を持ってきた。
「お前は魔力のステータスが高い。魔術を主に使って戦え」
さっきのステータスをもとに私にあった道具を持ってきてくれたらしい。
「それじゃ、杖の使い方を説明するからよく聞け」
「はい」
「この杖は、氷を始めとした全ての属性の補助ができる。それに加えて形を変えられる。小さいままだと小回りは効くが出力が低い。それでここに魔力を流すと形を変えられる」
そういうと男は杖の一部に魔力を流す。
流した瞬間杖は一瞬で私よりも大きな杖に形を変えた。
「こうなると出力が上がるが、見ての通りデカい。邪魔にもなるしお前じゃ持って歩くのも一苦労だろうな。
だからもちっと背が伸びるまでは小さいまま使え」
「わかりました」
「それで、最後に言っておくが、杖はあくまで魔術の補助だ。これ単体で魔術は使えないし、調子に乗って身の丈に合わない魔術を使おうとすれば代償が返ってくる。詠唱や魔力を代償に魔術を発動させているだろうが、無理をするとそれ以外の代償を取られる。今までより注意して魔術を使え」
「……わかりました」
──代償
響きだけで良くないものということが伝わってくる。
というか勝手に詠唱変えたのまずかったか?
でも何も支障も害も出てないということは詠唱──代償には何でもできるのか?
うーん、いろんな本に目を通してきたが初めて聞くワードだ。
それっぽい注意書きはあったが危険なものだから規制されていたのだろうか。
「ほれ、じゃあ次のガキのを選ぶからこれ持って戻ってろ」
男は細剣と小さく戻した杖を私に持たせて戻る。
私の番は終わりということらしい。
「ほれ、次はそこの茶髪だ。こい」
私と入れ替わりでマルクが呼ばれた。
十分ほどで戻ってきたマルクは茶色の宝石があしどられた杖に私のより大きな剣を手に握っていた。
最後に入れ替わりでヒナが呼ばれた。
緊張が張り詰める中、十分ほどで戻ってきたヒナの手には赤の宝石がデザインされた杖に細剣──私とほぼ同じ装備を持っていた。
「これで終わりだな。こいつ等にあったら装備を選んでやったが、どれも高価な物だ。金が足りないならもう少し安めのものもあるが……」
「大丈夫です。料金はいくらですか?」
男は紙に書いてミシェルに見せる。
財布を取り出したミシェルの手からは金の輝きを放つ硬貨が何枚も男に手渡された。
さすがにこんな高価なものを一人に奢らせるのはあまり気持ちの良いものではない。
まだお小遣いは残ってるし少しくらい出そう。
「先生、少しくらいなら出せるよ」
「ありがとう。でも大丈夫。これはプレゼントみたいな物だし、習慣だからね」
──習慣、最初にも聞いたがなんの習慣なんだろう
「その習慣ってなんですか?」
「ああ、それはね、魔術を教える人、簡単に言うと師匠は弟子に杖を贈って成長を願う習慣があるの。剣もそのついでね」
そんな習慣があったのか。
成長を願って、か。こう見えてちゃんと生徒思いの先生なんだな。
「ねえ」
「ああ分かってる。ヒナ」
「うん」
事情を知った私たち3人はお金の代わりに1つの言葉を先生に贈る。
「「「先生、ありがとうございます」」」
これが、この生徒思いの先生にできる私たちの1つの恩返しだ。
「ええ、その言葉だけで十分です。これからその杖と一緒に頑張ってくださいね」
ミシェルの顔に笑みが浮かぶ。
趣味全開の邪悪な笑いじゃない、喜びの笑みだった。
「それじゃあ今日はありがとうございました」
「いや、客は全然いねぇから構わんさ。手入れもあるし定期的に来いよ」
「わかりました。そちらの方は私が定期的に道具を預かって伺います」
「おう」
「帰りは近くに馬車の乗り場があります。それを使って帰りましょう」
貰った物の重みを感じながら、私たちは帰路についた。