7-36 とある亜人の平和の終わりの記憶6
「はぁ──はぁ──オウカ!潮時だ逃げるぞ!」
「っ──はい!」
賊をしばらく足止めした後、持てるだけの荷物を掴んで走り出す。
その体には赤い液体が流れ出る切り傷があり、その他にも痣ができていたり、いろんな場所を怪我していた。
「クッソ……逃がすな!」
「へい!」
「邪魔だどけッ!」
「ぐぅッ!──っのぉ!」
「オラァ!」
「ガッ──」
立ちはだかる賊を薙ぎ払い、目的地に向けて走り出す。
あんなフィジカルのゴリ押しみたいなの戦い方してまだ動ける体力があるのか……もしかして亜人って個人差はあると思うけど体が強い傾向にあるのかな……
「ええいたった二人にいいようにされやがって!何でもいい!使えるモンもってこい!」
「へ、へい!……ってお頭、なんか光ってますけど……」
「あぁん!?って隷属機じゃねぇか、対象者が近くにいねぇと作動しねぇはずだぞ。故障……って、ははっ!なるほどなァ!」
何かに納得し、興奮した様子で賊にお頭と呼ばれる男は一つの魔道具を手に取る。
「起動!」
その声が響くのと同時に、効果が現れる。
「ガ──くっ──!?」
「オウカ!?」
突然龍城さんが膝をつき、顔色が青くなる。
「へ、いき、です……!」
「ッ──!行くぞ!」
「はい……!」
あの時、逃げ出した夜と同じような無意識に魔術を使い、謎の魔術の妨害を振り切って走り出す。
「マジかよ!?はぁ……もういい、撤退だ」
「お頭!?」
「収穫はあった。もういい」
「へ、へい……」
走り逃げる二人をなぜか賊が追いかけることはなく、二人はなんとか逃げ切ったのだった。
──怪しい笑みを浮かべる賊に見向きもせず、走っていく。
「はぁ──はぁ──」
「オウカ、休め」
「しかし……」
「大丈夫だ。なぜかは知らんが追ってきてない。疲れただろ、一回座って息を整えろ」
「は、はい……」
手頃な岩に座り込み、乱れた息と服装を整える。
「にしてもお前、強かったんだな。前々から体の使い方が上手いとは思ってたが……」
「柔道……みたいなものです」
「ジュウドウ?何だそれ」
「武術の一つです。まあうちで色々弄ってるのでほとんど別物ですけど」
「は~ん……結局鍛えてたってことでいいか?」
「まあ、はい」
「にしても結局お前の出生がわかんねぇままなんだよな。そのジュウドウなんてのも聞いたことねぇし、どこで学んだのかも分かんねぇし、ニッポンがどこかも分からんままだしよ」
「そうですね……私、帰れるんでしょうか、いつか日本に」
「さあな。長老に分からんと言われた以上俺も分からん。何にせよ今すぐは帰れないってことしかわかんねぇわな」
「はい……」
「っと、そろそろ大丈夫そうだな。行くぞ、追い付かなきゃだしな」
「はい。ふぅ──」
「っておいおい、お前何だそれ」
「はい?」
「足だよ足。気付いてないのか?」
「足……ってえ?」
ここでようやく魔術をつかっていたことにきづく。
今までガリガリで骨と皮しかなかったような足が健康的どころか鍛えられた足になってるんだ。むしろ気付かない方が難しいくらいだ。
「魔術……か?」
「いや、私にも分からないですよ?」
「……後で聞いてみるか」
「ですね」
「……じゃ、行くか」
「はい」
抱いた疑問を後回しにして、二人は走り出す。
幸い目的地の共有はできてるのですれ違うこともなく、迷うこともなく走っていける。
そうして森の中を走り──
「はぁ──長老、戻りました」
「おお!無事でよかったわい」
「はい、なんとか。オウカが頑張ってくれたお陰です。あとこれしか持ち出せなかったのですが……」
「十分じゃよ。というか想定外じゃ。これだけでもあるなら一日二日はもつはずじゃ。その間に他の集落に合流する」
「他の集落……ですか」
「一応定期的に連絡は取っておる。事情を話せば受け入れてくれるじゃろうよ」
「わかりました。……それと長老、少し相談したいことが……」
「……ふむ、後で儂のところに。それより先に治療するべきじゃろ。近くに川があるはずだから洗って冷やしてきなさい」
「わかりました」
それから二人で傷を洗い流し、着替えた後長老と合流して夜が更けるまで話し込む。
ここからまた、少し時間が進む。