7-35 とある亜人の平和の終わりの記憶5
あれから一ヶ月が経った。
龍城さんが亜人の集落に合流し、自分の体の変化に慣れ、新しい生活に慣れ始めた頃──
「皆すまんの、わざわざ集まってもらって」
「それはいいんです、長老。それより──」
「集落の場所を変えるの?なんで〜?」
「ほっほっほ、そろそろこの場所に飽きたんでのぅ。老骨の趣味じゃ、付き合っておくれ」
「え〜?この前もそう言ってここに来たんじゃん!」
「ほっほっほ。あ、後でダイアとオウカは来てくれ」
「はい」
「わかりました」
それから荷造りするようにと子供達には伝え、ラギオンさん、ダイアさん、龍城さんの三人が再集合する。
「それで、どうなされたんですか?」
「うむ……それがの、ヒト族にこの集落がバレたようなんじゃ」
「っ!?長老!それは──」
「うむ、早ければ今日にでも来るじゃろうな」
「でしょうね。ちょっとガキ共急かしています」
「おう。そうしてくれ」
「……ラギオンさん、もし人に居場所がバレるとどうなるんですか?」
「そりゃ、お主が一ヶ月前そうなってたように、捕まれば奴隷、抵抗すれば殺しにかかってくるだろうな」
「っ……!そんな……!」
「そういうやつらじゃよ。お主のように見世物小屋で玩具にされる程度なら優しいものよ。……っと、来たばかりのオウカに怒っても仕方ないのぅ。すまんすまん」
暗くなった空気を払拭するようにラギオンさんはおどけて笑って見せる。
「まあ、なんだ。捕まらんようにすればいいってことだけ覚えとけばよい」
「……あの、なんで人が亜人にそこまでするのか、聞いてもいいですか?」
「ん……あんまり面白い話じゃないんだがの……差別的な意識が根底にあるのと、それを宗教が増長させておったはずじゃ。最近出来たばかりの新興らしいけどのぅ。何でもその宗教の神さまは"知性体"に加護を与えるのであって、その加護を受けられない亜人は異端らしい」
宗教……クレイ教かな?
この大陸の歴史上クレイ教以外の宗教の名前は聞いたことないし、一応クレイ教として考えておこう。
にしても知性体って括りなのに亜人はその恩恵を受けられないのか?
まだその加護ってやつにも条件がありそうだな……
ただ、何にせよいい気分になる話じゃないことは確かだ。
「面白い話じゃなかろう?そら、お主も荷物を纏めてこい。出発は今夜の七時じゃ」
「……わかりました」
「案ずるな。亜人の集落はいくつかある。それにうちの集落用にいくつか避難先を作ってある。急に生活が変わることはない」
「……ありがとうごさいます」
暗くなった表情を隠すように頬を自分で叩き、一度深呼吸をしてから子供達のもとに龍城さんは戻る。
「すみません、遅くなりました。私も手伝いますね」
「おう。……大丈夫かお前」
「……はい」
「……そうか」
ダイアさんも何かあったのを察したのか声をかけるが、それっきりで結局黙り込んでしまう。
「おねーちゃん!これどうやって畳むんだっけ?」
「グルカ、そこはこっちを先にやらなきゃ駄目ですよ」
「あ!そうじゃん!ありがとー!」
「……」
「……?お姉ちゃん、どうかした?」
「いえ……何でもないです。それより手早く片付けてお昼ご飯にしましょう?」
「はーい!」
子供達は龍城さんの変化に気付かず、いつも通り明るく、純真無垢に接する。
今は、その底抜けに明るい顔に励まされるばかりだった。
あれから少し時間が経ち、昼食を摂り終えた頃だった。
「よし、それじゃ軽く打ち合わせと行こうかのぅ。今回はこっちの場所に集落を──」
「──長老、ちょっと待ってください。今何か音が──」
打ち合わせが始まろうとしたところを、ダイアさんが止める。
そしてその時──
「チッ!バレやがった!」
「ヒト族──!長老!」
「全員荷物を捨て置け!走るぞ!」
「待てっ──」
「行かせるか!殿は俺がやります!避難させてください!オウカも──」
「私も残ります!」
「……すまん助かる!」
突然のことで固まった子供達をラギオンさんが一喝し、予定を早め避難先を目指して走り出す。
そして子供の足で逃げ切るのは無理と踏んでか殿にダイアさんが残り、それに追従するように龍城さんも残る。
「ある程度時間を稼いだら逃げるぞ!人数はあっちの方が多いはずだ!」
「わかりました!──っ!」
茂みから飛んてきたボウガンの矢を躱し、次弾を装填される前に飛びかかり、絞め技をかける。
「くっ──獣人風情──がっ!?」
「オラァ!オウカ!退路の事忘れんなよ!」
「はい!」
ダイアさんは体躯を活かした肉弾戦で制圧し、龍城さんは以前の自分の体との差を埋めるよう絞め技中心に賊を制圧していく。
ここからまた、少し時間が進む。