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7-31 とある獣人/亜人の記憶1

 始まりは前世──現代日本のビル街だった。


「さようなら」

「またね〜」


 おそらく学生だったんだろう。制服に身を包んだ友人らしき人物と別れ、帰路につく姿が見える。


「……ちょっと設定間違えたかな」


 ここでの独り言は私以外には聞こえない。

 ここはあくまで龍城さんの記憶の中、過去の情報を覗き見る魔術が作り出した幻想の空間なのだ。


 私は過去の記憶を覗き見るにあたって転移する二十四時間前から再生する設定にして魔術を行使した。

 けどスタートするのがちょっと前すぎたかもしれない。


 でもまあ、龍城桜華という人を知るということに関してはちょうどいいかもしれない。


 特に設定を弄ることもなく、記憶を見ていく。


「お爺ちゃん、ただいま」

「おう、帰ってきたか。今日も稽古するか?」

「うん。お願い」

「任せとけ。……にしても物好きじゃよな、今どき競技にすらならん武術を学びたいなんてな」

「なんか好きなんだよ、体動かすの」

「それならスポーツの習い事にでも行けばよかろうに……」

「私はこっちの方が好きなの。ちょっと着替えてくるから待ってて」

「おう」


 帰路を辿り、帰り着いたのは道場と形容するのがよく似合う場所だった。


 お爺ちゃん……ということは祖父に当たる人?


「お待たせ」

「来たか。なら、早速やるか」

「うん──お願いします」

「お願いします」


 剣道でもやるような袴に着替えた後、同じ格好をした祖父らしき人と一礼した後、組手を始める。


 その組手は、ルール無用の実戦形式だった。

 打撃、足技、掴み、投げ、絞め技アリという何でもありな本気の殺し合い──のように見えるが、実力が拮抗してるのか両者大きなダメージを負うことはなく、回避したり、上手くいなしたりして技が決まることはなかった。


「っとと、いや全く、若さには勝てんな」

「そんなふうには見えませんよ、師範」

「師範っつったらお前もだろ、桜華。その年で追いつかれるとはな……全く末恐ろしい」

「師範代になったのはつい最近ですし、師範の教え方がお上手だからですよ」

「最近って……二年前だろ。儂でも覚えとるぞ」

「そうでしたか?」

「はぁ……謙遜も過ぎれば侮辱だぞ……っと、もう準備運動はよかろ。次はこっちでやるぞ」

「はい」


 お爺さんは無造作に木刀を二本掴み、その片方を龍城さんに投げ渡す。


 師範……ということはこの道場で一番強いのはこのお爺さん?でも二年前に師範代になったらしい龍城さんもついていってたし、実力差はほとんどないのかもしれない。


「では──はぁッ!」


 防具も着けずに木刀での斬り合いが始まった。

 本当に実戦形式での稽古らしい。


「ふッ──」


 龍城さんの体の中心からできるだけ離さないようコンパクトに振った袈裟斬りをひらりと躱し、水平斬りを返す。


 そしてお爺さんの一閃を龍城さんは木刀で弾き上げ、そのまま体当たりして体勢を崩そうとする──があえて木刀から手を離したお爺さんに合気道のように投げられてしまう。


 しかし龍城さんはしっかり受け身を取り、少し離れた位置ですぐに体勢を整える。

 そしてその隙に手放した木刀を拾い上げたお爺さんも再び構え、再度斬り合いが始まる。


 その後はもう目で追えなかった。見えた時にはもう振り切った後で、その時にはもう相手が次の手を打っている。

 《空間把握(グラスプ)》を使えないのもあるけど、単純に今の私じゃこのやりとりについていけない。

 学院で鍛え、『ステータス』で底上げされた身体能力を持ってる私でも多分魔術なしじゃ負けるな……凄いな。


 学べるものもあるかと思い、しばらくその稽古という名の戦いを観ることにした。

















「ってて……」

「最後に油断したな。あれを防げんようじゃまだまだじゃの」

「あれって龍城流の奥義でしょ……」

「チッ、バレておったか。もう少しドヤれると思ったんだがの」

「そんなことしなくても強いでしょ、お爺ちゃんは」

「それがわかっているならよい。……こりゃ、追いつかれるのも時間の問題かのぅ」

「……?なにか言った?」

「なんでもない。それより食え。まだ十七歳の若造なんだから、食って体を作れ」

「成長期はとっくの昔に終わったよ」

「それでもだ」

「はいはい」


 稽古の反省をしながら、食卓を囲む龍城さんとお爺さんの記憶が流れる。

 そしてそれ以降、注目するような記憶はなく日常が映し出され、次の日へと景色が移り変わる。


「またね〜」

「さようなら」


 また学校が終わり、帰路につく場面まで──転移する場面まで進んだ。


 友人らしき人に別れを告げ、またあの道場に向かって歩き出すため、後ろを向いた体を前に向ける。



 それが、現代日本を映した最後の記憶だった。

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