7-7 毒
あれから一時間半ほどかけて地上に戻り、ヒナの足を医者に診せる。
病院にたどり着く頃には、ヒナの右足は膝より下が青紫に染まっていた。
「毒をもらいました!もう二時間弱経過してます!早く診てください!」
「っ──わかりました!奥へどうぞ!」
病院に入ってすぐに状態を伝える。
さすが医療従事者、反応が早い。ありがたい限りだ。
「先生!毒を受けた患者さんです!すでに二時間弱ほど経過しているらしくかなり危険な状態です!」
「何?診せてみなさい。そこに座って」
用意された椅子にヒナを座らせ、靴を脱がせる。
「ん……症状は?」
「皮膚の変色と腫れ、あと患部に少し熱が出てます。変色は足先のほうが酷いです」
「あとちょっと感覚が鈍くなってると言うか……しびれてる?みたいな感じです」
「神経毒の類いか……にしてもあまり見たことない症状だな……これに似た毒の解毒剤のストックが少しある。投与してみよう」
「ありがとうございます」
「いえいえ。君、一二六の青のラベルのやつ取ってきて」
「わかりました」
お医者さんの言葉を聞いてここまで案内してくれたナースのお姉さんが奥の部屋に引っ込む。
そして数十秒後に一つの瓶を手に戻って来る。
「これですよね?」
「そうそう。注射器と脱脂綿と消毒液とって」
「どうぞ」
「ありがとう。ちょっと冷たいですよ」
「わかんないです」
「もうそんなに回ってるのか……ちょっとチクってするけど動かないでね──はい、もういいよ」
「ありがとうございます。……ほんとに効くんですか?」
「わからないね。想定してる毒と種類が違うと多分効かない。割と即効性がある薬だからすぐわかるけと……もし効かなかったら毒が全身に回る。そうなると少しの痺れや腫れでもどう影響するか分からない。他にも治療方法はありますが……それで治せなければ患部を切断するという強硬手段に出るしかないかもしれません」
「っ……そう、ですか……」
医療に明るくない私から診てもいい状態じゃないことくらい分かる。
それでも明確に切断しなきゃいけないと言われると、胸の奥が冷たくキュッと締め付けられるような気分だ。
「………少し、待ちましょうか」
世界一気まずい時間が流れる。
足を切り落とすっていうのは冒険者にとって……いや、誰にとっても今の生活を強制的に諦めさせられる大変な事だ。
それも子供の頃から冒険者を目指して国家資格まで取った私たちにとってはなおさらだ。
クソっ……毒持ちの植物が生えてるのは知ってたのに警戒を怠った私のミスだ。
情けない………
無念を噛み締めながら、ただ祈り続ける。
「……効きませんね」
「じゃあ……」
「他の治療法も試してみますが毒を受けてからかなり時間が経ってるので成功するかは……」
「もし成功しなかったら……」
「その時は残念ながら切断するしかありません」
「そんな……」
「別に強制はしません。引退するくらいならと誇りに死を選ぶ方も一定数いらっしゃいます」
そんな……ここで片足を失ったら学院での十年が水の泡だ。それどころか今後の人生だって危うい。
クソ……!
「失礼、どうかされましたか?」
「先生?今日はいらっしゃらない予定では……」
「少し時間が出来ましたので様子を見に来ました。どうやら正解だったみたいですね」
「誰……ってアーノルドさん?」
「久しぶりですね、レイチェルさん」
入ってきた人はアーノルドさんだった。
なんでこんな所に?
「診せてください。治せるかもしれません」
「そうなんですか!?」
「診て見ないとなんとも言えませんけどね。少し失礼します」
そう言うと屈んで青紫に変色したヒナの足を診る。
「ふむ……こんな感じですかね?」
アーノルドさんの手のひらから薄く緑がかった光の粒が零れ落ち、変色した足に染み込んでいく。
「え、あ……」
「凄い……」
ついさっきまで切断するかどうかというレベルだったのがもう治ってしまった。
「これで大丈夫ですかね。先生から見てどう思いますか?」
「……もう毒は消えてますね。完治です」
「そうですか。よかったですね」
「はい……ありがとうございます」
唐突に現れたアーノルドさんの助けによってなんとか切断は免れた。
打ち合わせもしてないのに奇跡的に居合わせたアーノルドさんによってなんとか一命は取り留めたのであった。