6-64 絡繰り
「……やっていいな?」
「うん」
返事と同時に、岩と風が飛んていく。
体そのものが炎の不死鳥相手に近接戦闘は危険と判断したんだろう。
恐らく適切な対処なんだろう。
けど、聖遺物にダメージを通すには火力が足りなかった。
着弾した瞬間岩は溶け、風は数ミリの穴を開けた程度ですり抜けた。しかもすぐ再生した。
流石に真正面から倒すのは難しいかな……いや、目的は倒すことじゃない、アルが蘇生不可能になるまで蘇生を妨害することだ。
「《氷結》」
聖遺物を介し、規格外の魔力を何倍にも増幅させて魔術を放つ。
選んだのは冷気を放出し物体を凍らせる魔術だ。
氷魔術の中では初歩的な魔術だ。氷属性に携わる者でこの魔術を使えないものは居ないだろう。
ただ、そんな基礎的なものでも聖遺物という増幅器を通せば今の私の全力以上の出力になる。
不死鳥の炎で上がっていた室温が一気に氷点下まで下がる。
これなら拮抗……はできないけど危ない攻撃の相殺くらいはできる。
不完全っていうのもあって完全な聖遺物である不死鳥には出力で負けてるんだろう。というか根本的に格が違う気がする。
それにアルの話が本当なら迷宮そのものから魔力が補充されてる可能性が高い。
押し合いにはなっても続ければ続けるだけ不利だ。
……まずい。私達の目的は蘇生の妨害、だけど押し合えば押し合うほど不利になる。
かといって破壊は多分難しい。
聖遺物の破損はまだしも完全な破壊は前例がないし、できるかも分からない。というか破壊できるだけの火力を用意できない。
とりあえずアルが命令の優先度を治療より待機、もしくは迎撃とかにしておいてくれたからこうやって攻撃を相殺しつつ逃げて時間稼ぎ自体はできると思うけど……ちょっと分が悪い。
けど、ここで引き下がるなんて選択肢最初から存在してない。
考えるのはどうやって時間を稼ぐのか、もしくはどうやって破壊するのか、それだけでいいんだ。
時間を稼ぐだけならこのままでいい。けど、間違いなく誰かやられる。
時間を稼ぐにしてもどこかで攻勢に出て不死鳥の勢いを削がないとジリ貧だ。
それに相手には魔力が枯渇する心配がない。
迷宮から魔力が補給される以上リソース勝負は……待てよ、もし本当に迷宮から魔力が補給されてるならこの程度の火力じゃ済まないはず……
魔道具は基本的に持ち主、もしくは魔石から魔力を供給されることで効果を発揮する。今日初めて聖遺物を触って分かったけど聖遺物でもそのルールは変わらない。
このルールに当てはめるなら魔力の供給源は迷宮になってるはずだ。
なら、魔石を何千個も保有してる迷宮を供給源にしてるなら火力が低すぎる。
普通の魔道具なら機構そのものが崩壊しかねないから出力を落としてるとも考えられるけど、聖遺物である以上耐久力は並外れてる。出力を抑えるにしても抑えすぎだ。
持ち主のアルが魔力の供給を制限してる?いや、勝手に蘇生してるあたりアル本人が意識を失った時点で不死鳥の操作権は多分アルから違うところに移ってる。
じゃあどこに移った?考えるまでもない。アルに死なれて困るのは、たった一人だけだ。
恐らく不死鳥の操作権は今アルをこの時代に転移させた黒幕の手にある。
幸いアルが命令した待機、迎撃の命令は多分既に実行された命令として処理されてるからかそこは覆らないみたいだ。
それに前に考えた推測が当たってるなら黒幕は迷宮の最下層、五十層にいるはずだ。
この推測が当たってるなら、不死鳥の操作権を握ってるにしても、直接操作するのは難しいはずだ。
魔力は基本的に自分から遠ければ遠いほど操作が難しくなる。
なら、五十層から操作できてるのはからくりがあるはず。
アルの以前の口ぶりからアルは聖遺物を貸し与えられた側だ。そして貸し与えたのは恐らく黒幕。
この"貸し与えた"がどういう仕組みで繋がってるのかは分からないけどその繋がりがあるという事実があるならある程度推測できる。
黒幕は自分じゃなくてわざわざアルを召喚するくらい慎重な性格だ。そんな黒幕が自分を危険にさらす『乗っ取り』や『乗り移り』って手を使うとは考えにくい。
けど今この場に黒幕の手がかかったものはアルの肉体と不死鳥だけだ。
なら──
「……アルの体を仲介してる?」
アルの肉体を仲介して不死鳥を操作してる。それが私が出した結論だった。
他にも考えられる手はある。けど、これが一番現実的な気がした。
「それなら──《氷結》!」
一際強く魔力を流し込み、アルの体を氷で覆う。
私が取った対策は高密度の魔力による他者、他属性の魔力の隔絶。
以前私も《空間把握》で体験したことがある現象だ。
「っ──!?レイ!」
「うん!成功みたい!攻めるよ!」
結果は成功。推測は当たってたみたいだ。
みるからに不死鳥の出力が落ちてるし、動きも鈍い。やっぱり黒幕と迷宮の補助あっての出力だったみたいだ。
おかげで不利なことに変わりはないけど私の火力でも少しは太刀打ちできるようになった。
これでようやく勝ちの目が見えた。
絶対に勝つ。その覚悟を持って、今ある技術も魔力よ体力も、使えるもの全てを戦いにつぎ込む。