6-63 最後の願い
「次左!」
魔物がいる、罠がある、そんなこと全部無視して最短ルートを走る。
魔物は無視できるなら無視、できないなら力任せに瞬殺して進む。
想定外の収穫だった聖遺物が大活躍してる。火精霊は火力で押し勝てるし、風精霊は空間魔術と組み合わせれば大技が来る前に倒せるくらいの火力とスピードがある。
地精霊はちょっと厄介だけどある程度力任せで突破できるし、水精霊は相性抜群だ。
というか、多分使い方違うけど水精霊に至っては魔力に還元できる。
不完全って書いてあったってことは多分完全体にするための機能がある。それで多分その機能が吸収、つまり還元だ。
多分足りないパーツを還元して完全体にするのが正しい使い方だと思うんだけど……なぜか凍らせたものまで還元できる。
多分パーツを還元するための機能の一部なんだろうけど……まあ絶対使い方違うよね。
でもまあ、使えるんだから何でも使おう。
その気持ちで、道すがら片っ端から水精霊を還元していく。──つまり、精霊の魔石を魔力に変換していく。
……うん、やってることヤバいな。
ほんの少しの魔力を何倍にも増幅できる聖遺物に水精霊十数体分の魔力だ。
誰がどう見ても万全の状態だ。
……でも、さっきからずっと胸騒ぎが止まらない。
先に行った連中が気がかりだ。もし予想通りアルが目的で、既に接触してるなら……どうなってるか、残念ながら想像がつく。
……急ごう。
「次、そこの曲がり角を右!」
罠も、魔物も全部無視して突き進む。
そうして、例の台座のある大広間にたどり着く。
そしてそのまま足を止めることなく、階段を飛び降りるように駆け下りる。
「あぁ──レイチェル、久しぶりだな」
「アル……」
着地してすぐに、アルと目が合う。
それと同時に、血に塗れた姿も目に入る。
「あぁ……──」
血の海と化した十層の景色も、床に転がる焼け焦げバラバラになった死体も、目に入る惨状の全てが、ここで何が起きたのかを表していた。
「ごめん……間に合わなかった……」
わかってはいた。
先に行った連中の異常な行動から目的がアルなのはわかってたし、追いつけなかった時点でこうなってるのは想像できた。
でも、その事実と根拠から、どこか目を背けてる自分がいた。
「いいんだ。なるべくしてなっただけで、お前の責任じゃない」
その励ましの言葉が、心に沁みる。
穴が開いてボロボロになった服、乱れた髪、赤く腫れた目元、疲れ果てた声──きっと私が止めたように、戦わず、無抵抗でやられたんだろう。
「……来てくれたんだな。頼み、聞いてくれるのか?」
「……うん。正直、まだ整理はついてない。でも、もうこれ以上アルに迷惑かけられない」
「迷惑?」
「アルをさ、この世界に一方的に喚んで、一方的に責任を背負わせて、それでまだこの世界に引き留めて、暴力を振るって……だから、この世界に住む一人の人間として、これ以上アルに迷惑をかけたくない。世界滅亡の問題は、この世界の住人だけで解決したい──解決、するべきなんだ」
「そうか──でも、俺は嬉しかった。近道できるのにその道を選ばず、俺を生かす道を選んだ。諦めずに、一ヶ月以上かけてより良い選択肢を探し続けた。俺は一ヶ月考えて、考えた末に諦めたのにな……お前のその諦めないところは美徳だと思う。俺に生きていてほしいと、願ってくれたのは本当に嬉しかった」
互いに言葉を交わす。
ここまで来て、ここまで手遅れになって、ようやく互いの本音を交わしあえた。
ここまで長々と話しても、まだ話し足りない。まだ言いたいことが沢山ある。それはきっと、アルも同じだろう。
けど、こんな対話も、もう終わりだ。
「だから──ごめん」
そう言い切った瞬間、ついに堪えきれなくなったのか涙を流しながら、アルは首をナイフで掻き切った。
「レイ、チェル──俺を、死なせて、くれ」
痛いだろう。苦しいだろう。多分喉に血が流れ込んで喋りにくいし、息もしづらいはずだ。
でも、それを堪えて、アルは言葉を紡いだ。
「っ──任せて!」
熱くなる目頭から今にも流れ出そうな涙を堪え、返事を紡ぐ。
聞こえていたかは分からない。
でも、そこは重要じゃない。
重要なのは願いを叶えるかどうかだけ。
そして、その答えはもう決めてある。
同郷の友達の、最後の頼みだ。
帰りたいでも、戦いたくないでもなく、死なせて欲しい。そうすることでこの世界の助けになるってことを信じてそう願ってくれたんだ。
なら、もうそこに私が介入する隙はない。
叶えよう。何が何でも、何を代価に支払っても、その最後の願いを、叶えよう。
──泣くのも、後悔するのも、その後でいい。
だから今は、今だけは目を背けない。
涙を堪え、覚悟を決め、武器を握る手に力を入れる。
目の前で顕現する巨大な焔の鳥に、瞳をまっすぐ向ける。