6-62 轍を踏む第三槍
「あーすまん、四人で先行ってくれ」
「え?」
立ち上がった瞬間、出鼻をくじくようにカイさんが告げる。
「ちょっと代償で体力使いすぎた。今俺がついて行っても邪魔になるだけだ」
「いや──」
「いい。急ぐんだろ?置いていけ。まあなんだ、追いつけたら後から行く。追いつけないにしても地上に帰るくらい自力でできる」
足でまといは置いていけと、カイさんは言う。
明らかに気を使ってくれてる。
ここまでの戦いもそうだ。私達に合わせて急いで、それで招いたミスを代償を使ってまで手助けしてくれてる。
聖遺物も本来はカイさんが持っていってもいいくらいだ。
でも、それも譲って私達を助けてくれてる。
ありがたい……けど、同時にそんなカイさんの優しさに甘えるしかない自分が情けない。
こんなに助けてもらったのに何も返せない。
それどころか、まだ助けられてばかりだし、置いていこうとすらしてる。
本当に情けない。
……でも、それにすがるしかない。
「……すいません」
「いいって。ほら、行った行った」
「……ありがとうございます」
「じゃあな。また後で」
「はい、また後で」
後で。その言葉に全部が詰まってる。
誰も死ぬ気は無いし、なんなら合流する気ですらある。
……凄いな、この人は。ここまでボロボロになっても、まだ本当に後から合流するって思えるくらいの気迫がある。
情けない話だけど、今はその言葉と気迫を信じさせてもらうしかない。
カイさんを後に走り出す。
カイさんならきっと自力で何とかしてくれるはず。
そんな勝手な思い込みを信じて、前に進む。
「はぁ……本当に行きやがった。可愛げのないやつめ……」
心にもないことを考えつつ、疲れ果てた体を動かす。
どれくらい休んだだろう。正確な時間は分からないけど、多分一時間弱は休んでたんじゃないか?
とんだタイムロスだ。
そんな自責の念を胸に、からっけつの体力を絞り出して立ち上がる。
「まだ、やらなきゃいけないこと、あるからな」
まだ、やらなきゃいけないことがある。
たとええ俺が直接戦いに参加できないとしてもあいつらの手伝いはできる。
必要かどうかは分からない。
話を聞く限りあいつは自殺の手伝いをするだけだ。戦いになるとは思えない。
でも、嫌な予感がする。
アルカディアが持ってる聖遺物には回復能力があって、それが自殺を邪魔してる。
なら、自殺するためには聖遺物を捨てなきゃいけない。
アルカディアは会ったとき、聖遺物は所有者、もしくは貸し与えた者の手から離れた場合、暴走すると言っていたはずだ。
なら、戦いになるかもしれない。
その可能性が少しでもあるなら、やるだけの価値はあるはずだ。
まあもし勘違いだったとしてもあいつらなら止められるだろ。
そんな信頼とともに、引き返す。
そう、引き返す。『フロアボス』と戦った場所から、取り巻きと戦った場所まで引き返す。
あそこには、魔石が落ちてるはずだ。
「ははっ、まさか回収しなかったのがこんなところで役立つとはな」
まさかこんな形で拾わず捨ておいてきた魔石が役に立つとは思わなかった。
けどまあ、役に立つならなんだっていいだろう。
「食え。グングニル、ロンギヌス」
取り巻きが落とした魔石を、全部槍に食わせる。
「比率は……七対三……いや、八対二くらいか?さすがにここまでの長距離は初めてだから加減がわからんな……まあなるようになるか」
さすがに加減が分からない。そもそも槍を使う機会が少ないのもあるし、ここまで離れた位置を狙うのも初めてだ。
なんせ四層から十層までだ、俺の経験がどうとかより、そもそもここまでの遠距離攻撃は史上初じゃないか?
散々実験して確かめた『必中』を信じるしかない。
実験した時は一キロ先でも目標がしっかり定まってるなら当たったんだ。なら、今回も行けるはず。
まあこれだけの魔力があれば多少ゴリ押しが効くだろう。
それに、最悪届かなかったとしても手元には戻ってくるだろ。なら、やるだけやってみよう。
「ふぅ──よし」
座標は十層。狙いは例の聖遺物。
破壊はできなくても手助けくらいにはなるはずだ。
「貫け!神器、螺旋槍『グングニル』、『ロンギヌス』!」
投げ放たれた槍は、先に行った後輩の後を追うように、いつまでも目の奥に映る紅い残像を残しながら、宙を駆ける。