6-57 殲滅
戦闘の音が聞こえる。同時に悲鳴もだ。
《空間把握》で戦況は把握できてる。とてつもなく劣勢なことも、相手が『フロアボス』であることも含めて、全部。
端的に言うと、先に戦い始めた連中は蹂躙されている。
相手は『フロアボス』なことを踏まえて考えれば多少一方的になるのはあり得るかもしれないが……それにしても一方的すぎる。
私達が手負いの魔物と遭遇してるあたり迷宮に入った時間、進むスピードはそこまで変わらないはず……でもこれまでになく急いでる私達が追いつけないとなると先に行った集団はよほどの実力者か、何十人と仲間を集めた大所帯か、多分その二択だ。
前者の実力者であった場合ならここまで一方的にやられてるのは『フロアボス』との遭遇を考慮してなかったとしても少し不自然だし多分後者、大所帯のパーティーで数で押して来たんだろう。
となると……おそらく今戦ってる人を足止めに置いていったな。
それならこのやられようも説明がつく。
でもそれは……いや、敵かもしれないんだ。考えすぎるのはよくない。
それよりも今対処しなきゃいけないのは……
「カイさん!前回と同じです!大量の透光蜥蜴がこっちに向かってきてます!」
一ヶ月前と同じだ。取り巻きの透光蜥蜴がこっちに向かってきてる。
前回の推測が当たってるなら強力な魔力反応に引き寄せられてるはず……
前回はヒナ、なら今回は──
「俺の槍に寄ってきてるのか!クッソ魔石食わせすぎたか?……いや、今考えても仕方ない。レイチェル!数は!?大まかにでいい!」
「大体八十!」
「上等!突破するぞ!」
こっちに向かってきてる数はおおよそ八十。前回はきっちりカウントしたわけじゃないけど多分前回より多い。多分先に戦ってる人が数を減らしたかどうかの違いだろう。
「できるんですか!?」
「できるできないじゃなくてやるんだよ!槍を使う!多少ゴリ押しになっても突破できればやりようはある!」
ベインの質問に端的に答えていく。どうやら聖遺物……神器で無理矢理突破するらしい。
ただ聞いた限り効果は『必中』のはず……それでどうやって倒すんだろう?
「っ……!接敵まで三、二、一……来ます!」
もう考える余地はない。ここまで来た以上、倒し切るしかない。
「レイチェル!ヒナ!炎で壁を作ってくれ!」
「「了解!」」
指示されるままに魔術を行使していく。
「ベイン!手伝って!枠を作ってくれるだけでいいから!」
「わかった!《暴風》!」
「ヒナ!いくよ!」
「おっけー!」
「「共術《炎嵐共域》!」」
即興でベインが作った風の枠に炎を流し込んでいく。
私がヒナの炎を誘導し、円状の風の枠に流し込んだ瞬間、炎が燃え広がり壁のように私達と透光蜥蜴を遮る障害となる。
「こんな感じでいいですか!?」
「上出来だ!あとは任せてくれ!」
これで大丈夫みたいだ。
けど結局カイさんはどうやってこの数の透光蜥蜴を突破するつもりなんだろう?
ただ必ず当たるだけの槍じゃなんとかなる気はしないんだけど……
「神器、螺旋槍グングニル!貫けッ!」
カイさんは背負っていた袋から二本の槍が捻れて螺旋状になったような特殊な形状の槍を取り出し、そのまま投げた。
ただの投げ……?『必中』を活かすなら効果的な使い方かもしれないけど……この数相手にそれはどうなんだ?
《空間把握》で槍の軌道を追っていく。
もし倒しきれなかったり、この壁を突破してくるようなことがあればと身構える──が、その必要はなかった。
投げ放たれた槍はとてつもない速度で確実に一体一体貫いていく。
それだけなら突破される可能性もあった。もし当たったとしても当たりどころが悪かったり、倒しきれなければ近づかれてたかもしれない。
でも、不思議なことに貫かれた透光蜥蜴は必ず死んでいた。
当たりどころが悪いものもあった。けど、それでも不自然なほどに死んでいた。
たとえあったところが手足の先だったとしても、致命傷になり得ない傷でも、その命は失われていた。
「これは……」
「不気味だろ。だから使いたくなかったんだ。でも、この際手段は選んでらんねぇ。使えるもんは全部使う。行くぞ」
「……はい」
確かにこれは不気味だな……さっきのたった一回の投擲で、約八十の魔物は全滅した。
それも槍はきっちり手元に帰ってきたし。
いくら聖遺物……神器だとしても色々不自然だ。まだ何か効果があるのかもしれない。
けど、それを推測するのは今じゃない。
魔石をいくつかくすねつつ走り出す。
取り巻きはこれで倒しきったはずだ。なら……次は『フロアボス』だ。
さっさと倒す。先にいった連中の目的は多分アルだ。
なら、私達が先に着かないと、また問題が起きるかもしれない。
……それこそ、また人が死ぬかもしれない。
もう考える時間はない。なら、たとえ納得いかなくても腹を決めてしまうしかない。
人を殺すのは私だけで、それも殺すのはアルだけでいい。
これ以上、業を背負う必要も、背負わせる必要もないんだ。
今日、死ぬのはたった一人だけでいいんだ。
そんな覚悟を決め、一歩前へと踏み出す。