6-55 疾駆け
「大まかな作戦はこんなとこだろ。あとは……『フロアボス』が沸いてるかもな」
「『フロアボス』がですか?」
「ああ。『フロアボス』は討伐しても大体一ヶ月周期で沸いてくる。だから新人とか負傷者が被害を負わないように定期的に討伐依頼が出されてる」
「そうだったんですね……」
そういえば一ヶ月より少し前くらいにカイさんが討伐しに行ってたな……
「ということは、《大鰐透光蜥蜴》が?」
「お、よく覚えてたな。そうだ。四層のフロアボス、大鰐透光蜥蜴が再度発生してる可能性が高い。特にそいつは階段付近に沸いてる。だからもし沸いてたら避けて通るのは難しい。戦いになると思っておいてくれ」
「わかりました」
『フロアボス』……本来なら何十人と仲間を集めて戦略を練って戦う相手だって聞いたことがある。
今は先を急ぐからな……できれば会いたくない。というか普通に会ったら全滅が見える状況じゃないか?
でもカイさん達四人で討伐して報酬独占してたんだよな……
「よし、それじゃ今日はここらへんにして解散しよう。各自、休むなり消耗品を買い出しに行くなり有効に時間を使うように」
「わかりました。それじゃ、失礼します」
「おっと、言い忘れてたがレイチェル、お前は寝ろ。隈が出てる。そんな状態で迷宮に入る、ましてや駆け下りるなんて本当に死にかねない。きっちり休め。寝ろ」
「カイさんの言う通りだ。買い出しは俺達でやっておくから大人しく寝とけ」
「……わかった」
「それでいい。じゃないと身長伸びないからな」
「気にしてるって前に言いましたよね?」
「ああ。だから言ったんだぜ?……とまあ、それだけ言い返せるなら大丈夫そうだな。明日は忙しくなる。今のうちに休んどけ」
「……わかりました」
おちょくられたのは腹立たしいが仕方ない。
せっかく協力してくれてるんだし、こんなところで協力者を失いたくないし、言ってることも真っ当だし、直面してる問題と比べれば些細な苛立ちだ。気にしない気にしない。
「それじゃ、失礼します」
「おう」
カイさんに見送られながら部屋を四人で出る。
「それじゃ、俺達で色々買ってくる。レイは言われた通り寝てろ」
「は〜い。それじゃ、おやすみ」
「ああ。おやすみ」
「おやすみ〜!」
「おやすみ」
三人とは別方向に歩き出す。
こんな時に言い出しっぺの私がゆっくり寝るのはちょっとどうなのかとは思うが私以外の全員の意見でもあるしな……まあ、仕方ないのかな……
何にせよ出来ることなさそうだし大人しく寝てようかな……
とっくの昔に日が沈み、真っ暗になった廊下を歩いていく。
「よし、全員揃いました」
「おう。それじゃ、行くか」
翌日朝六時、打ち合わせ通りの時間に迷宮前に五人が揃う。
「武器は大丈夫か?」
「予備の剣ですけど、問題ないです」
「俺は大丈夫です」
「俺も」
「私も〜」
「消耗品は?」
「昨日のうちに全部買い足してレイに預けてあります」
「はい。魔術薬を治療用、魔力の回復用をそれぞれ十本ずつ、毒に関しても何種類か揃えてあります」
「上出来!それじゃ、お前達の調子は?」
「問題ないです」
「大丈夫です」
「いつでも戦えます」
「いつでもいけます!」
「大丈夫そうだな。それじゃ、最後に俺からちょっと話そうかな」
迷宮に潜る前の最終確認を終え、カイさんが話を始める。
「今回、残念ながら俺の仲間は都合がつかず、俺だけの加勢となった。『フロアボス』との遭遇も予想される疾駆けには少し心もとないかもしれない。準備期間も少なかったし、レイチェルは武器を無くして今は予備の武器だ。それに、辿り着けたとしても状況が状況だ。何が起きるかは分からない。脱落者が出るかもしれないし、時には冷酷さが求められるかもしれない」
現状を整理した言葉が紡がれる。
確かに準備期間は一晩だけ。得意の魔道具もそこまでストックがない。
父さん達から貰った刀も無くしちゃったし、まだ心の整理がついてないところもある。
でも──
「でも、俺はこのメンバーならやれると思ってる。なんせ俺が直々に推薦したメンバーだからな」
よかった。気持ちは同じだったらしい。
このメンバーなら、パーティーなら、きっとやれる。やり遂げられる。
──きっと、アルの願いを叶えられる。
「それに武器に関しては何とかなるかもしれないぜ?」
「どういうことですか?」
「迷宮の掃除屋は迷宮が外界から持ち込まれたものを消化して吸収してるっていう、人間でいう胃酸の役割をしてるって話があってな。吸収された物が聖遺物として作り変えられるって説があるんだ」
「聞いたことあります。でも与太話じゃないんですか?」
「俺はこの説信じてるぜ。何より俺の槍もそんなもんだしな。この槍は八層『フロアボス』を倒したときに出たんだ。他の聖遺物も同じような条件で出現してる。だからな、今回もし四層よ『フロアボス』と遭遇して、倒せたらよ、お前の刀、パワーアップして返ってくるかもしれないぜ?」
「……期待しておきます」
与太話ではあるけど信じるかどうかは個人の自由だ。
それに実際に体験した人が目の前にいるんだしもしかしたら本当に返ってくるかもしれない。
メインの目的じゃないけど期待はしとこう。
「よし。それじゃ、話はここでおしまいだ。──よし、準備はいいな!?」
「「「「はい!」」」」
「行くぞ!」
カイさんの号令に合わせ、五人同時に走り出す。
疾駆けの始まりだ。