6-50 焦燥
待つ。ただ、待つ。
ベッドにうずくまって、気晴らしに散歩して、食欲のわかない胃袋に食事を流し込んで、これまでと同じように魔術を組み立てて試行錯誤しながら、ただ待つ。
目立った成果は得られなかった。得られたのは疲れとストレスだけだろう。
たかだか数日で成果は得られない。得られるんだったら一ヶ月もかかってない。
わかってる。けど、この少しでも早く動きたい状況でただ待ってるだけなんてできなかった。
焦りで満たされた心で机に向かう中、薄暗い部屋にノックが響く。
「レイ、入るぞ」
「どうぞ」
来客はマルクだった。
もはやノックの必要があるのかわからないレベルの間柄だけど、それでもちゃんとノックするのは育ちの良さゆえだろうか。
警戒する必要もないのでノータイムで入室の許可を出す。
「……まだやってたのか」
「うん。時間は無駄にできない」
「分かってるが、部屋の片付けくらいしたらどうだ?」
「……わかってる」
散らかってることくらい分かってる。
溶けた蝋が固まり使い物にならなくなったランタン、床を埋め尽くさんとばかりに散乱した紙、着替えては適当に放り投げた衣類。
泥棒にでも入られたのか聞きたくなる惨状だ。
「あとちゃんと寝ろ。四日前アルカディアと別れてから何時間寝た?」
「……十時間くらい?」
「絶対そんな寝てないだろ。いつ来ても起きてたし。今日はもう寝ろ」
「でも……」
「いいから寝ろ。酷い隈が出来てる。それに寝たって言っても寝落ちだろ、ちゃんとベッドで寝ろ」
「……はい」
「片付けはやっとくから横になれ」
「……ごめん」
至極真っ当な意見だ。アルからアクションがあるまでは待つべき、何かあるまで準備して万全の状態で動けるようにするべき、それはわかってる。
でも、本当に何もしないなんてできない。時間があるなら少しでも道を模索するべきだ。そうしないと落ち着かない、焦りで胸がいっぱいになる。
「……ありがとう。でもまだやらなきゃいけないことが──」
「《精神睡降》」
「え──」
意識が強制的に遠のいていく。視界が霞んで思考がぼやけていく。
「すまんな、慣れてないから加減を間違えたかもしれない。でもまあ、今のレイはそれくらいぐっすり寝るべきだ」
「マルク──」
「それじゃ、おやすみ」
その一言を最後に、意識は暗い闇の中に消えていった。
「はっ!」
ベッドの上で目が覚める。天井を見上げたのはいつぶりだろうか。
「今何時!?」
慌てて時計を取り出す。
この少しでも時間が惜しい時に爆睡してたなんて笑えない。
『12:38』
十二時三十八分……窓から光が入ってきてるってことは昼だし……
「はぁ〜……」
やってしまった。
最後に時計を確認した時、時計は十時五十二分を示していた。
つまり、時計一周分以上寝てしまったのだ。
「寝不足だったとはいえここまでやらかすなんて……」
ほんとに勿体ない。何してんのほんと……
というかマルクめ、やってくれたな……
通常の《精神睡降》は大体一時間から二時間で効果が切れる。それを十二時間以上……加減間違えたとかそういうレベルじゃないぞ……
「はぁ……でもまあ、良かったのかな……」
しっかり寝たおかげか体が軽い。頭痛も目の痛みも取れた。思考もはっきりしてきたし考え事をするなら今がベストだろう。
「……いや、とりあえず着替えよっかな……」
意識がはっきりしてきてようやく気付いた。酷い格好してる。
髪はボサボサ、髪ゴムで括ってすらない。服装もはだけてるし何が起きたのか知らないけどボタンが千切れてる。ズボンは前後逆だ。
こんな格好でマルクと会ったのか……そりゃ心配されるよね……
「っと……あった」
拡張収納から着替えを取り出し、櫛で髪をとかしていく。
「……うん、とりあえず体洗うところからかな」
思い返せば何日も体を洗ってない。
風呂に入れないのは仕方ないにしろ、せめて蒸しタオルで体を拭くくらいしないとちょっと臭う。
桶を取り出し、魔術で水を貯め、お湯に変える。
……ついでに頭も洗おう。
ほんとに酷い格好してたんだな……うん、これは寝て正解だったかも。
時間がどうとかじゃない、もう人として色々まずい。
後でマルクにお礼言いに行こう。
そんなことを考えつつ、身だしなみを整えていく。