6-49 本音
「ねえ、どうなの?」
「そうだ。それで解決するんだ、何の問題が──」
「嘘だな」
「はぁ……?何いってんだ、そんなわけ──」
「それも嘘だ。というか何もかも嘘だ」
「……どういうこと?」
「言葉のとおりだ。大事なところは全部嘘、アルカディアの本音じゃない」
本音じゃない……いや、死に体ってのは最短の道を突き詰めた結果それが一番早いと考えた手段だ。心の底から死にたいと、自殺願望があるわけじゃないはず。
「お前……!」
「建前なんだろ?アルカディア、お前は──」
「黙れ……!口を挟むな、これは俺達の──」
「いや、言わせてもらう。じゃないと、レイは何もわからないままだ」
互いに、でも、誰も、でもなく私だけ……?
「お前、本当に死にたいと思ってるだろ」
「……え?」
「アルカディア、お前は自分が死ぬ話をしてるときだけ性格が違う。いや、元に戻るんだ。そんなバレバレの振りで騙せると思うなよ」
「マルク……?ちょっと待って、何を言って──」
「図星か……割とハッタリだったんだけどな……アルカディア、一ヶ月前、お前がこの世界に喚ばれた時の記憶を俺達に見せたよな?その時から違和感を感じてたんだ。記憶で見せられた姿と、自分が死ぬことの話をしてる時のお前は、異常に諦めが良すぎる。特定の話題のときに限って目の色変えてな。まるで、それを望んでるみたいに」
「……」
「立場上、駆け引きに慣れてるからな。そういう機微には敏感なんだ」
淡々と、マルクは感じた違和感、経験則に基づく推測を述べていく。
「アル……本当に、そう思ってたの?」
確かに諦めが良すぎるとは思った。
自分が死ぬことで多くの命が助かるとしても、そこで命を投げ出せる人はそうそう居ない。元現代人のアルは特に難しいかもしれない。
でも、勇者として旅をしてる途中で覚悟を決めてただけかもしれないし、命を投げ出せる側の人だったのかもしれない。
マルクの意見はあくまで推測だ。証拠が揃ってるわけじゃない。
本当か嘘かなんて、本人の口から語られるまではわからない。
だから問いかけた。真実かどうかを確かめるために。
「……」
しかし、答えは返ってこない。まるで図星と言わんばかりに口を塞ぎ、場に沈黙が満ち暗く重い雰囲気になる。
「アル……この一ヶ月は嘘だったの……?」
「……いや、それは嘘じゃない。この一ヶ月は間違いなく楽しかったし、本気で頑張った」
「それは……?それじゃあ死にたいっていうのは……」
それは、という言葉が決定打になった。
裏を返せば他のことは嘘をついているということだ。
死にたいということは、嘘じゃないってことだ。
それに気づいた時、無意識のうちに足が動いた。
「ごめん……!あんなに一緒にいたのに……!」
アルの前まで歩き、そこで膝から崩れ落ちてしまう。きっと懺悔するような形になってるだろう。
「いいんだ……むしろ、生きろと言ってくれたとき、本当にうれしかった」
「なら……!」
「でも……ごめん、もう無理だ……!俺は、もう……!」
「何が……何が駄目だったの……?なんでも手伝うから……」
「違う……違うんだ……!俺は、それが……!」
二人で地面に膝をつき、涙を流して言葉を交わす。
なんで気づいてあげられなかったんだろう。……いや、なんでアルの意見に蓋をしたんだろう。
自分の意見を押し付けて、アルの意見を押し込めて無理矢理自己を通してしまった。きっと、それが間違いだったんだ。
でも、殺したくない、死んでほしくない、その気持ちに嘘はない。
アルの本音を聞いてもまだ、そう思ってる。そう思ってしまう。
「レイチェル……お前のそういうところは美徳だと思う。でもな……そこが、俺とお前とでは致命的に噛み合わなかったんだ……すまん」
「アル……!」
そういうとアルは立ち上がり、無言で不死鳥を出す。
「必ずまた会える。少しだけ考える時間が欲しい。人殺しもしない。だから……ちょっとだけ待っててくれ」
「っ……!」
話し合いは、もう一度決別に終わり、一言言い残して飛び立ってしまう。
待って、とは言わない。
ここまで腹の内を明かして、その上で待って欲しい、そう言われたんだ。なら、待とう。
本心に気づけなかったんだ、これくらいしてあげないと。
「……レイ、帰ろう。人が集まってきてる」
「……ごめん、ありがとう」
「いいんだ。仲間だろ?」
「……ありがとう」
涙で濡れた顔を拭きながら立ち上がる。
ここまで場を整えてくれたマルクには感謝しかない。
「待てって言ってたな」
「うん」
「待つのか?」
「うん、待ってみる。また会えるって言ってたしね」
「そうか。なら、みんなで待とう」
「……ありがとう」
話は出来た。もうアルも無為に殺人をするつもりもないだろう。
なら、あとは待とう。アルが満足するまで、いくらでも待とう。
赤くなった目元を拭い、ギルドへ向けて歩き出す。