6-47 敵/仲間
「はぁ……」
ため息が静まり返った部屋に響く。
今日の朝まで二人で使ってた部屋は、ただの広い一人部屋になってしまった。
ついてくんな──この言葉がずっと頭の中に響いてる。
アルは諦められないならついてくるべきじゃないと言った。
アルはとっくの昔に覚悟を決めてたんだ。自分を犠牲にする覚悟を。
でも、私は決められなかった。犠牲の道を歩む覚悟を決められなかった。
私とアルの違い──違う道を歩くことになった理由は、そこなんだろうな……
でも、それがわかったところで納得できない。
私はアルを犠牲にしたくない。今でもそう思ってる。
アルを犠牲にすることで前に進めるんだとしても、そうせずに済む道があるならその道を選びたいと、そう思ってる。
でも、アルは納得してくれなかった。
それじゃ遅いんだと、ぬるいと切り捨ててしまった。
「はぁ……」
わかる。最短ルートはそうすることなんだと、わかってる。
でも踏ん切りがつかない。せっかく出会えた同郷の仲間を、友達を、切り捨てることができない。
犠牲を出したくないなんて言い訳だ。本当はアルを、仲間を失いたくないだけだって、分かってる。
アルは自分を切り捨てて欲しいって、私の意見には賛同できないって、今回の件で嫌という程理解させられた。
普段なら仲間の意見を優先してる。もっと他の意見なら、賛同して是非そうしようと言ってるところだ。
でも、今回はそうしたくない。仲間を犠牲に解決したところで私が納得できない。他全員納得しても、私が納得できない。
「なんでかなぁ……」
見てる場所は同じ、目的も同じ、でも道は別れてしまった。
あそこまで明確にもう仲間じゃないと言われてしまっては引き戻したりはできないだろうし、また一緒に戦うことも叶わないだろう。
連れ戻しに追いかけたってきっと無意味だ。
「もう、アルは敵か……」
自分を殺して欲しいアルと、そうしたくない私、そういう意見の違いで離別し、お互いやりたいようにするというなら、もう敵だろう。
ここまで意見が真逆なら、どこかで対立する。絶対に敵対する。アルの願いを叶えるなら恐らくそうしてくる。
……いや、死ぬだけなら別に私に構う必要はない。自殺でも何でもすればいい。
死にたいという願いを無理矢理閉じ込めて、その願いが爆発して離別した時点で私の負けなんだ。
……待てよ、だとしたら今自殺してない理由はなんだ?
服毒でも首吊りでもなんでもいい。死ねればアルの勝ちだ。それだけでアルの願いは叶う。
でもそうしてない。つまりそうしない、そうできない理由があるはずだ。
なんだ?何がある?
犠牲を出す道を選んだ時点でアルは死ぬつもりでいるはずだ。だとしたら気持ちや意思の問題じゃなくて、手段や環境の問題……
手段には困ってないはずだ。刃物なんかの凶器はこの街じゃ溢れかえるほどいろんなところで扱われてる。それにクレイ教徒全員がそうじゃないとしてもアルを殺したい信者がそこら中にいる。
環境の問題にしても迷宮の奥で死んでしまえばあとは迷宮の掃除屋が証拠を消してしまう。
迷宮の中で死ぬだけで誰にも見つからずに死ぬことができる。検問をアルなら力技で突破できるはずだ。
でもそうしてない……手段も環境も整ってるのに実行に移してない……いや、もう実行に移した後かもしれない。
となると問題はその後?……不死鳥か!
不死鳥がある限り死んだとしても蘇生させられる。
思い返してみればいくつか不自然なところがある。
迷宮で五人に襲われたときも不死鳥が持ち主の回復より迎撃を優先したのはアルが回復の優先順位を弄った結果かもしれない。
あれ、まずくないかこれ……
もしこの予想が当たって、アルがまだ回復の優先順位を下げたままなら五人と同じ惨劇をクレイ教の信者で起こしかねない。
町中だろうと教皇の命令に従う信者は一定数いるはずだ。
迷宮の時みたくアルに襲いかかって、失敗したならいい。けど、もし殺すことに成功してしまったら──アルにその気がなくてもまたあの惨状を作りかねない。
「止めないと──」
そう思った時、体は動き出していた。
アルの意見に納得できない気持ちに、被害者を出しかねないという油が注がれて火がついた。
引き戻しても無意味、そうわかってるし、引き戻せもしないというのはわかってる。
でも、体が動く。犠牲を出したくないという気持ちは変わらない。それは例え敵でもだ。
……いや、本当は多分違う気持ちだ。きっと、アルを人殺しにしたくないんだ。
迷宮での件は多分アル本人も予測できなかった事故だ。だってせっかく殺しにかかってきてくれる敵を、死にたいアルがわざわざ殺す必要がない。矢を防がなかったのもそういう理由だろう。
でも、学んでるはずだ。不死鳥の命令の優先順位を間違えれば死人が出ると。殺してしまうと。
それを理解した上で、アルがわざと死のうとして、色々巻き込んでしまったら、人を殺したら、ただの殺人だし、犯罪だ。
だって普通に逃げれる力があって、抵抗できる力があって、事件を引き起こさないようにできるのにそうせず事件を引き起こしたなら、ただの共犯だ。
アルは被害者だ。こっちの世界の都合で喚び出されてしまったただの無関係な一般人だ。
そんなアルにこれ以上業を背負わせる必要はないし、そうさせたくない。
だから、止めないと。
アルを殺す覚悟はない。引き戻すこともできないだろう。今再会してもついさっきしたばかりのやりとりをもう一回やるだけだ。
私の予想が外れてる可能性だってある。アルが一般人を巻き込まずにちゃんと逃げてる可能性のほうが大きいはずだ。
分かってる。けど、これ以上アルに業を背負わせる必要はない。もしそうなってるかもという可能性があるだけで、動くには十分な理由だ。
仲間を助けたい。業を背負わせたくはない。その気持ちだけで、私の足は動いていた。