6-43 奇跡
黒く染まった視界に最初に映し出されたのは、赤く、紅く、朱く──血に染まった、迷宮の姿だった。
「っ……ア、ル……?」
霞がかった脳みそで状況を整理していく。
まず意識が戻ったってことは私は死んでない……はず。
とりあえず死んでないって前提で考えるなら、おそらく私は誰かに蘇生された。
それも場所が変わってないっってことは、あそこから蘇生できる人は一人しかいない。
私の頭に膝を貸し、覗き込むように私を見ている少女だけだ。
「……よかった」
「うん。よく蘇生できたね」
「ああ。不死鳥に助けられた。こいつがいなかったらお前も死んでただろうな」
「だねさ……他の人は?」
「……すまん、手遅れだった」
「そっか……」
治せなかったか……いや、むしろ私だけでも蘇生できたのが奇跡だろう。
「お前だけギリギリ息があったんだ。あと少しでも遅れたらやばかった」
「息があった……あれ効いてたんだ……」
多分、とっさの防御と微かな治癒魔術が奇跡を引き寄せたんだろう。
それで私だけ生き残った……もしあのとき、私じゃなくてあの男に治癒を使ってたら──複雑な気分だ。嬉しいはずなのに、嬉しくない。
「一人助かっただけで奇跡なんだ。あまり気負うなよ」
「……そうだね」
アルの言うとおりだ。今は私しか助からなかった、じゃなくて私一人だけでも生きて帰ってこれた、そう考えよう。
「落ち着いたか?」
「うん」
「そうか。なら着替えろ」
「着替えろ?……ああ、確かに」
アルに言われてようやく自分の体を見る。
アルに貸していたコートが今度は私に掛けられ、その下には傷一つない、真っ白な肌が覗く。
「不死鳥は傷は治せても服までは直せない。溶けた服とかほっとくと治してもまた火傷するから剥がしたんだが……」
「うん。それが正しいと思う。拡張収納ある?」
「ああ。それは肩紐がちぎれたのか吹っ飛んでた」
「それは……ってことは他の荷物は?」
「拡張収納に入れてたのは多分無事なんだが……お前が使ってた刀だけ見つからないんだ」
「……そっか」
多分爆発に巻き込まれて壊れたか吹っ飛んだか、多分探しても見つからないだろうな……
「《空間把握》」
ダメ元で魔術を展開し、辺り一帯を走査する。
「やっぱ見つからないか……」
「その……ドンマイ?」
「ありがとう」
アルの気遣いが心にしみる。いつか壊すことはあるだろうなとは思ってたが、まさかもらって一ヶ月と少しで壊したじゃなくなくしたとなるとちょっと思うところはある。
でもまあ、ないものねだりしてもしょうがないし、そんなこと言ってられる場合でもない。
「とりあえず着替えてくれ。水精霊がよってくる前に離れるぞ」
「だね」
あんまりモタモタしてると水精霊が集まってくる。
今は不死鳥が起こした爆発のせいで水気がとび、警戒心も相まって近寄ってこないが、時間が経てば近寄ってくる。
さっさと離れたほうがいいだろう。
「よいしょっと」
「うおっ……お前今裸なんだから一言言えよ」
「え?あ、ごめん」
先を急ぐあまり配慮に欠けたな……というか色々考えてて忘れてた。他に人がいないとはいえはしたない行動だった、気をつけよう。
拡張収納から着替えを取り出し、洗替えができるようにと作ってもらってた予備の装備に着替える。
「とりあえずこれで大丈夫かな」
「それじゃ早めに出発しよう。囲まれると面倒だ」
「わかった……ねえ、この人たちどうする?」
「どうするも……置いていくしかないだろ。そのうち迷宮の掃除屋か片付けてくれる、誰かに見られるのを避けるならさっさと離れるべきだ」
「わかってる……でも、てを合わせていくくらいはいいよね?」
「まあ、それくらいなら大丈夫だろ。早めに済ませろよ」
「ありがとう」
五人の遺体の前に屈み、瞳を閉じて手を合わせる。
もとは敵、それも私達が殺したようなもののだ。
それでも、冥福を祈ってしまう。あるのかはわからないけど、天国に行ってほしいと願ってしまう。
特に魔術師の男の人、名前もわからないけど、この人が手を貸してくれなかったら多分私は死んでた。
例え敵だったとしても、殺意を持って襲いかかってきたとしても、感謝を伝えたい。
ありがとうございます、そう胸の中で小さく唱える。
「……よし」
一通り祈りをあげ、瞳を開き、立ち上がろうとしたその時だった。
「ん?なんだろ……」
一つの金属の塊──魔道具を見つける。
「……?っ!?これっ──」
本来、魔道具の機能の解析はとても時間がかかる。
けど、数秒見つめるだけでこれが何なのかわかった。わかってしまった。
「これ……通信機、通声機だ……!」
多少改悪されてるが間違いない。私が数年前作り出し、特許を獲得した魔道具の一つ。
使用料が振り込まれてるから私以外にも実用化、量産に成功し、世の中に出回ってきてるのは知ってた。
本来なら嬉しいことだろう。自分の作ったものが多くの人に使ってもらえるのだ。
けど、今はまずい。
慌てて通信を止めたが、逆を返せばついさっきまで誰かと通信していた。
「は!?それって──」
私達の会話、行動が通信先に筒抜けになってたということだ。
「アル!録声機は!?」
「……これか?」
「っ……壊れてる……」
「……まずいな」
「……うん」
事故のようなもの、それも相手からふっかけてきたこととはいえ、私達が冒険者五人を殺めたのが通信先に漏れてしまった。
それも証拠を失くし、情報の主導権を握られたまま。