6-41 手放した手綱の重み
「っ……!?羽……?」
不死鳥の、焔の羽が舞う。
ただの焔の羽なら何ともなかった。だけど、不死鳥の体は焔自体。つまり、切り離された羽まで体の、聖遺物の一部ということだ。
何が起きるかわからない危険物が舞っていることに気づき、思い至ったのは、残念ながら私だけだった。
「私が前に出て抑える!魔術師と弓使いはあいつを叩け!」
「おう!」
「ああ!」
何が起きるか分からないというのに、何の躊躇もなくリーダー格の前衛は、焔の羽の中に踏み入って行ってしまう。
冒険者の勇気と度胸が、悪い方向に働いてしまった。
「っ、ダメ!下がって!」
「ハッタリだ!今だ!撃て!」
「ああ!《火炎》!」
「はっ!」
忠告虚しく、一人の男を羽の中に置き去りにしたまま、火球と矢が不死鳥目掛けて放たれる。
まずい──
「っ!」
「は!?」
咄嗟に体当りするように焔の中の男に飛びつき、無理やり羽の舞う空間から押し出す。
ああ、やっちゃった。これどうなるかな……
魔術の方は打ち消せても矢はどうしようもないから相殺は無意味。防御は……ここまで囲まれてちゃ効果薄そうだけどやるだけやってみよう。
あとは身体強化で即死しないのを祈るしかないかな……
出来ることを全部やったその瞬間、二つの攻撃が不死鳥に当たる……ことはなく弾かれ、代わりに焔の羽に込められた魔力が膨れ上がる。
爆ぜた。羽の一枚一枚が、殺意の籠もった魔力と共に、この場の全てを焼き尽くす為に。
「何がっ──」
「きゃっ──」
「に、逃げ──」
「クソっ──」
「あぁ、クレイ様──」
視界が爆炎の赤で染まる。全身の感覚が消え失せ、咄嗟の防御なんて無意味と言わんばかりに肉が灼けていく。
そこで、一瞬意識が飛ぶ。
───スキル《沈静化》が発動します───
謎の声が頭に響いたのをきっかけに、一瞬手放した意識が強制的に戻って来る。
こいつ意識がなくても発動するのか……いや、今はそんな事どうでもいい。
何が起きた、どうなって、今自分は生きているのか?
疑問は尽きない。なにせ自分はあの爆炎の爆心地にいたんだ、生き残ったとしても手足の一本二本なくなってたとしてもおかしくない。
恐る恐る、目を開ける。
「あ、あぁ──……!」
まず目に入ったのは、焼け焦げ、黒い炭の塊と化した四つの死体と、ほぼ原形をとどめておらず、なんで死んでないのか聞きたくなるほど傷を負い、横たわってる一人だった。
「っ──」
立ち上がろうとするが、思うように体が動かないどころか、体そのものがないことに気づく。
動かそうとしたはずの手と足に目を向けるが、目に入るのは恐らく体だったであろうものの残骸だけ。
これは……死んだな……
けど、死ぬにしてもこんな心残りを残して逝けない。
失くした手足の代わりに、魔術で氷を作り出して辛うじて残った体を押し出す。
「……生きてる?」
一番生きてる可能性のある人物に声を掛ける。
こうして理性を保って動けてるうちに、心の内の疑問と心配を投げかけていく。
今この時だけは、謎のスキルにも感謝できる。
「……ははっ、そりゃこっちのセリフだ。なんで動けてんだよ」
「……御託は今はいいから、治癒を……」
「要らねぇ。それはお前が使えよ」
「っ……」
「俺も簡単な治癒魔術は使える、《治癒》」
「なんで……」
「さっきな、見えたんだよ。お前が俺等のリーダー助けに飛び込んだのが。これくらい返させてくれ」
手のひらから溢れる温かな光を止めること無く、男は死にかけの体で言葉を紡いでいく。
「……それにな、クレイ様に祈りをあげたやつから真っ先に死んだ。俺は人生のほとんどをクレイ様に捧げてきたんだが……もう信仰する気にはなれねぇ。『黒髪の少女と白髪の冒険者を殺せ』、なんて命令が教皇直々に下された時点でもうほとんど信じてなかったんだけどな……なんでかな、捨てきれずに縋ってこんなところまで来ちまった。あぁ……何やってんだろうな……」
「っ……!」
「はぁ……まあ、なんだ、すまなかったな。独りよがりに巻き込んで。せめて、お前だけでも生き、て──」
そこまで紡いだところで、男は息を引き取った。
「あぁ──……!」
死んでしまった。もとは自業自得とも言えるような事だったが、死んでしまった。助けようとしたのに、死んでしまった。
そして、最後の善意も虚しく、私ももう視界が端から霞んで、死にかけている。
「く、そ……アル……!」
けど、ただで死ぬわけには行かない。
不死鳥が暴走した理由の外敵は今死に絶えた。なら、本来の目的の持ち主の治癒を始めてもおかしくない。
せめて、アルだけでも。その一心で声を挙げる。
しかし、そんな抵抗も無意味に、視界が黒に染まり、謎のスキルのおかげで取り戻した意識をまた手放す。