6-38 涙
「はぁ……やるよ」
「ああ、やってくれ」
一言確認を取り、肺の中の空を吐き出し覚悟を決める。
「《血弱化/生命弱化》、《霜獄の領域》」
二つの魔術を発動させる。
片方は生命力の弱体化、もう片方はおなじみの極寒の空間を作り出す魔術を。
二つの魔術によって、アルの体温と生命力を、本当に死ぬギリギリまで丁寧に、慎重に奪っていく。
「は──ぁ──」
「っ──!」
施術を始めてから約三十秒後、アルの自発呼吸が止まる。けど体に異常……というか命に関わるような傷も問題もなく、俗に言うコールドスリープに近い状態になった。
「マルク!何か変化は──うわっ!?」
アルが仮死状態になったことで何か変化がないか確認しようとしたとき、不死鳥の卵が勝手に起動する。
「っ──!……?」
最初は持ち主が死にかけたから守るために攻撃し来たのかと思ったが、その焔でできた瞳がこちらに向くことはなく、その瞳孔の向く先は己の所有者だけ。
「っ──なんで聖遺物が──」
「マルク、邪魔しないほうがいい」
アルの治療用のサウナに避難してたマルクが出てきてこの異常な光景を目の当たりにする。
眼前の焔の巨鳥は飛び回るでもなく、日を吹くでもなく、ただ所有者に覆いかぶさっているだけ。
勝手に起動したからには何かあるはずだと身構えてる私達からすればなんとも心臓に悪い光景だ。
「……涙?」
膠着した状態が十秒ほど続いたとき、煌々と燃え盛る焔の中で、一雫の水滴が不死鳥の瞳から流れ落ちる。
それはまるで涙のような──
「ガッ──ゴホッゴホッ──!」
「アル!?」
涙が滴り落ち、吸い込まれるように──いや、誇張抜きに本当に吸い込まれたようにアルの体に入り込んだとき、アルが自力で生きを吹き返した。
「あー……ん?何があった?なんで不死鳥が起動してるんだ?」
「そこら辺は後で説明するよ。それより体に違和感はない?」
「特には。なんなら迷宮に潜る前より元気なくらいだ」
「え?『ステータス』……ほんとだ、体力も魔力もマックスまで回復してる」
となると……
「不死鳥には再生能力があったと見るべきだな」
「正確にはその涙かな」
涙がアルに落ちたのと同時にアルが目を覚ました。なら、涙自体に再生能力……治癒効果があると考えるべきだろう。
不死鳥の涙……前世にもこんな逸話あったな……
「マルク〜?大丈夫〜?」
「あ、ヒナ。もう出てきていいよ〜」
「おっけー」
「何が起きたんだ?」
サウナの中に籠もってたヒナとベインも交えて話し合いをするためにこっちに来てもらう。
「なあ、とりあえず詳しい説明をしてくれないか?俺も、ヒナ達も何も分かんないんだけど」
「そうだね。それじゃ何が起きたのか説明するよ」
マルクに椅子を作ってもらってから、落ち着いて腰を据えて事の顛末を説明する。
仮死状態に陥った際の変化、聖遺物の勝手な起動、その効果、全部を私が視た限り丁寧に、正確に説明していく。
「ふむ……やっぱり再生能力あったか……というか仮死状態程度じゃ何も起きなかったのか?」
「程度って……まあ、うん。特に変化はなかった」
「俺も《空間把握》使って探ってたが特に何も反応はなかった」
「となると……やっぱりきっちり殺しきらないとダメか」
「殺らないし殺らせないからね?」
「分かってる。本気で殺すのは最後の最後の手段だろ?」
「まず取りたくないんだけどね?」
「まあそれはそうだ。人の死の上に成り立つ平和なんて経験則上、ロクなことがない」
マルクも概ね私と同じ意見らしい。ちょっと不穏な単語が聞こえた気がするけど一般人の私には口出し無用の案件だろう。
「でもまあ、そういう事を言ってられるのも余裕がある時だけだ。最後の最後、もうこれ以上引けない時の手段としては覚えておけよ」
マルクもベイン側かぁ……
「まあ、そうならないために頑張るんだけどな。とりあえず今日は帰ろう。もう試せることもなさそうだしな」
「……そうだね。帰ろっか」
ちゃんと殺す以外で対処するつもりはあったみたいでよかった……
とはいってももう手がかりないしな……今考えても無駄かな。とりあえずマルクの言う通り一回帰ろう。
思考を一端止め、地上を目指して歩き出す。