6-36 空間断裂
「よし、これでラスト……っと。やっぱレイチェルがいると水精霊の対処が楽だな」
「レイがいないとヒナが蒸発させる以外で倒せないからな」
「そんなゴリ押しな方法で探索してたの?マルクも氷属性使えるでしょ?」
「俺じゃ出力が足りなくて凍らせきれないんだ。あとヒナの魔術の余波で溶ける」
「え、だっけ?」
「やっぱり大雑把に燃やしてたんだ」
「え、え〜っとね?あ、ほら、蒸発させるくらいの火力になるとちょっと調整が難しいと言うか、ほら、あの……」
とっさに色々言い訳を述べるが別に責めるつもりもないし、大雑把なのは今に始まった話じゃないので適当に流して先に進む。
「まあその話は置いといて──行こう」
これからやることを知ってるからか、それぞれ神妙な顔つきで十層に続く階段を下っていく。
「誰もいない?」
「ああ」
「足音もないぞ」
探知能力を持つ三人で周囲に人がいないか確かめる。
今からやることは魔術の禁忌だ。人に見せられた内容じゃない。
というか、単純に危ない。
私達みたく鍛えて魔術を学んだ戦魔術師や魔術師、聖遺物で武装し、鍛えられた体を持ってるアルとかは巻き込まれかけてもなんとかするだろう。
けど、魔術のまの字も知らないような人が巻き込まれた時、生きて帰る保証はない。だから見せたくないのもあるけど、巻き込みたくないから人払いはしっかりしとかないといけない。
「よし……離れて」
空間歪曲に巻き込まれないよう距離をとってもらう。私は後から圧縮跳躍を使って退却する予定だ。
「『歪め、捻じ曲げ、圧縮する』」
ヒナに全力で魔力を込めてもらった魔導榴弾を設置した後、久しぶりに詠唱を唱える。
結局失敗させるものだとしても、できるだけ安全にするための措置だ。
「『私はこの世の理に干渉する』」
二節目を唱え、魔力を巡らせ、魔法陣を形作る。
「『歪みの先に、深淵を見出そう』」
オリジナルの詠唱に、さらにオリジナルの詠唱を付け加える。
「《空間歪曲・不全の歪》」
そして、名前を唱えたのを皮切りに空間が歪み始める。
「《空間歪曲・圧縮跳躍》!障壁、展開!」
歪み始めた空間から急いで距離を取り、昨日だいぶ苦労しながら用意した、ドーム状に《魔術壁》を張る魔道具を起動する。
「全員、警戒!」
ここからは何が起きるかわからない。だから何か起きても助けに入れるか分からないので、各々自分の身は自分で何とかしてもらうしかない。
「っ──!」
言ったそばから空間が歪み、軋み始める。
ミシミシ、パキパキと悲鳴を上げるような音が響き、目視で異常ということが嫌でもわかるほど、障壁内の光景がねじ曲がっていく。
『───、─────』
その空間の悲鳴の中で、設置した魔導榴弾のアナウンスが微かに聞こえ、直視するのが難しいほどの爆炎が起き、ねじ曲がる。
空間の歪みに巻き込まれるように不自然に爆炎が揺れ動き、さらに空間が──いや、世界が悲鳴を上げるように黒板に爪を立てたような音が脳みそに直接入り込んでくるように響く。
「っ──何、あれ……」
爆炎が空間の歪みに巻き込まれ、見える光景が歪み、距離が歪み、黒く暗く、そこだけ世界から抜け落ちたように何も視えなくなる。
肉眼では視える。間違いなく、暗闇がそこにあるというのが見えるのに、視ることに特化して変質した私の《空間把握》で捉えられなくなる。
二重に展開し、《空間把握・二重展開》にしても、そこには何も無いという反応しかない。
これは──
「レイ!もう十分だ!障壁すら引き込まれ始めてる!術式を止めろ!」
この悲鳴の中でもはっきりと聞こえるところまで近寄り、マルクが制止の声を張り上げる。
空間の歪みばっかり見て気づかなかったが、そこにあるという概念のようなものである無ぞくせいの障壁さえ引きずり込まれていっている。
これ以上続けるのは色々被害を及ぼしかねない、総判断したのと同時に魔方陣を還元して術を止める。
「止まった……?」
「はぁ……やばかったな……っておい、あれ……」
「……レイ」
「レイチェル……」
全員が同じ場所を見つめ、同じ結論を出す。
「……うん。十層の床の破壊は、失敗した」
あれほどの術でさえ、迷宮には傷一つ付けられなかつた。