6-32 また青い空へ
「ちょっと待って、それじゃ結局迷宮は攻略しなくちゃいけないってこと?」
「ああ、そうなる。付け加えると、なるべく早いほうがいい。今はまだこの程度で済んでるが、あそこに人が出入りするほど均衡は崩れていくはずだ」
「けど、十層より下に行く方法がまだ……」
「そこだ。一番の手がかりは迷宮の底にあるが、そこにたどり着く方法が分からない」
「また自分を殺して進めとか言ったら怒るよ?」
「……ああ。わかってる」
さすがにそこまで振り出しに戻られてはこの一週間の意味がない。
アルは殺さない。その上で迷宮の最下層を目指す。これが最善の道だ。
「とはいっても方法が分からないのは事実だ。もしもの時の最終手段として覚えておけよ」
「絶対その方法は取らないから」
「……そうか。なら、俺も安心して全力で方法を探すとしよう。まずはラタトスクにいる仲間に連絡しよう。動き出しは少しでも早いほうがいい」
「だね。ちょっとまってね……よし、もしもし?」
通声機をマルクに渡した物の周波数に合わせて起動し、数回コール音がなった後に通話が繋がる。
『どうしたんだ?』
「ちょっと急ぎで伝えたいことができた」
『……わかった。メモを取る、ちょっと待ってくれ』
マルクの準備ができるのを待ってから、アルが思い出した情報を伝えていく。
星の心臓、自衛機能、御伽噺の願望機の正体、今ある解決につながる情報の全てを。
『……ちょっと待ってくれ、流石に急すぎて理解が追いつかない』
「うん、私もよくわかってないから詳しいところは帰ってから話し合おう」
『わかった。これはヒナ達にも言っていいか?』
「もちろん。出来ればギルド長にも伝えておいて欲しいかな」
『わかった、それは俺がやっておく。ただ、帰ってきてから一回報告にはいったほうがいいぞ?』
「わかってるよ……それじゃ、連絡よろしくね」
『ああ。──そういえば、いつそっちを出発するんだ?』
「一泊して明日の朝かな」
『本当に三日で王都まで行ったんだな……まあとりあえず俺らもその予定で動く。それじゃ、また三日後に』
「うん。また」
通声機を止め、通話を切る。
「とりあえずこんなところかな」
「だな。あとは帰るだけだ」
「もう見て回らなくてもいい?」
「ああ。色々思い出したり、動き回ったりで流石に疲れた」
「だよね……宿に戻ってゆっくりしとこっか」
「だな」
今後の予定を軽く話し合いながら北区の宿を目指して歩き出す。
朝食を食べに二十四時間ぶりに、ある飲食店の戸を開く。
「いらっしゃい……って、あんたら昨日の!」
「はい、また食べに来ました」
「そうかい!どうだ、王都は楽しめてるか?」
「はい。今まさに楽しんでるところです」
「嬉しいこと言ってくれるじゃないか。んで、今日はどこ見に行くんだ?東区の商店街とか有名だが……」
「いや、もう今日で帰るんです」
「早くないか!?まだ二日目だろうに」
「着いたのが夜なので正確には三日目ですね」
「それでも短いさ。そんなんでちゃんと楽しめたのか?」
「多分王都の全部は見れてません」
「だろうな。なんてったってこの大陸一の都市だ。一日二日で見て回れるもんか。……でも、もう帰っちまうってのは相当先を急ぐんだろうな。いつ出発するんだ?」
「朝食を食べたらすぐですね」
「そりゃまた急な……それじゃ、目一杯美味いもん食わせてやらないとな」
「ありがとうございます」
「腕によりをかけてサービス目一杯盛り盛りで作ってやるからな!そこ座って待ってな!」
「ありがとうございます」
言われた通り席に座り、待つこと大体五分ほど。
昨日より時間をかけて提供された皿の上には、三匹の焼き魚と、山盛りの白米、漬物にスープに大根おろし、和の雰囲気に溢れた定食が乗っていた。
「はい、お待ち!」
「おお……ありがとうございます。いただきます」
「いただきます」
魚の身に箸を入れ、スープを啜る。
「おいしい……」
「だろう?どこから来たのかは知らないが旅の前にはしっかり食っとかないとな!おかわりは受け付けてるから好きなだけ食っていきな!」
「ありがとうございます」
店主の好意を受け取り、空っぽの胃の中に白米をかき込んでいく。
それからは夢中で箸を進め、気がつけばおかわりしていて、朝だと言うのに昼食以上に食べてしまった。
やっぱりおいしいな……北でもお魚流通しないかな。
「ご馳走様でした」
「ご馳走様でした」
アルと二人で空になった食器の前に手を合わせ、感謝の意を伝える。
「お会計お願いします」
「はいよ〜!え〜っと、焼き魚の定食だから……ほい」
「あれ、これ昨日と同じ値段……こんなサービスしてもらったのに申し訳ないですよ」
「しー!あんま贔屓すると常連がゴネるから黙って受け取っとけ」
「……ありがとうございます」
「ほい、まいどあり。それじゃ、帰りの旅、気を付けてな」
「はい」
「また来いよ」
「はい。その時はまた食べに来ますね」
「ははっ!老い先短い身だが、そんときゃまた飯振る舞ってやるさ!」
「ありがとうございます!それじゃあ……」
「おっと、最後に一つ……いや、もう一回いいか?──うちの料理は旨かったかい?」
「──はい!」
「そうか──それじゃ、気ぃつけてな!」
店主のお爺さんは、私達の答えを嬉しそうに受け取り、笑顔で送り出してくれる。
それから私達は人の好意で胸と胃を満たし、その余韻が抜けないまま空へ飛び立つ。
──ああ、いい街だったな。