6-17 覚悟
「左からもう一匹くるよ」
「わかった。《豪炎矢》」
私の声を聞き、数本の炎の矢を作り出す。
そのうちの一本を近づいてきてる黒迷犬た飛び出す前に置くように構え、残りを対応中の黒迷犬に向けて射る。
高密度の魔力で作られた矢は黒迷犬の脳天めがけて飛翔し、見事射抜く……どころか頭から尻まで貫通してしまう。
うん、明らかなオーバーパワーこれ。
「終わったぞ。そっちは?」
「こっちも終わったよ」
担当してた黒迷犬の魔石を回収し、アルと合流する。
まあかくいう私もこのレベルの層なら明らかな過剰戦力だ。傷どころか返り血を浴びることもなく、手足を凍らせて悠々首を切り落として魔石に変化するのをアルの戦いを見ながら待ってたのだ。
「手伝ってくれても良かったんだぞ?」
「いや、かえって邪魔になりそうだから割って入らないほうがいいかなって。うっかり射線に立って被弾しました、なんて嫌だからね」
「お前ならあれくらい避けれるだろ」
「できるできないと当たるかもしれないってのは別の問題だよ。どんなに浅い層でも慎重にいかないとね」
アルの言う通り《空間把握》と身体強化を使えば避けれるだろうが身内でそんな無駄な体力使う必要ないからな。ましてこんな場所なら特に。
「それで何か思い出した?」
「違和感はあるがまだはっきりとしたことは何も……」
「わかった。これ以上深く潜るのは効果あんまりなさそうだし今日はここらへんで切り上げよっか」
「だな。腹も減ったしちょうどいい時間かな」
「近くにご飯食べられる所あるからそこでお昼食べてから帰ろっか」
「おっけー。その店何か旨いものあるのか?」
「定食がメインだね。日替わり定食みたいなのもやってるし色々あるよ」
「日替わり定食か……試してみようかな」
そんな雑談に花を咲かせながら地上を目指して歩いていく。
「ごちそうさまでした……っと、何見てるんだ?」
「ここ一応情報屋だからね。色々書いてあるんだよ。例えば……ほら」
「東で嵐が多発?迷宮以外の情報も入ってきてるのか」
「うん。有用な情報からどうでもいいゴシップまで揃えてあるよ。ま、タレコミ次第だから胡散臭くはあるんだけどね」
「大丈夫かそれ」
ごもっともな意見だがすでに冒険者という職自体が危ういものなので今さら感が半端ないのだ。
それに大抵の冒険者は信頼できるツテがあるし本気でここの情報を鵜呑みにするやつは重度のコミュ障かバカだろう。
「それじゃ、お会計して帰ろっか」
「わかった。書斎の書類にも目を通したいしな」
「あそこいろんな研究結果とか歴史の本とか魔術関連の本もあるからアルの記憶関係に限らず普通に読ませてほしい……」
「それは要相談だろうな。ま、俺が理由で許可されてるうちに読めるだけ読んどけ」
「だよね~」
ほんと色々興味深い本ばかりで面白いんだよな。ただそれだけにゴミ山になってたのが許せん。
学院にでも寄付してくれればめちゃくちゃ助かったんだけどな……
「とりあえず歴史系からいくか?」
「地理系統で攻めてもいいかもよ?あとは魔術系統の本も読んで調子戻したりとか」
「魔術は……なんか単に思い出せないだけじゃないからいい」
「そうなの?」
「『ステータス』にLvがあるだろ?あれが下げられた感じだ。肉体のLvもな。だから思うように出せないし、動かせない。これも召喚の時になんかされたかな」
「ほんと誰がこんなことやってるんだろうね。記憶弄って、武器の魔術も体術も弱くして、卑怯なやつ」
「ああ。そのうち一発お見舞いしてやる」
「その時は私もね」
「もちろん。一緒にぶちかましてやろうぜ」
そんな口約束を取り付けながら賑やかな街並みを歩いていく。
というか弱体化してあれだけ動けるなら十分じゃないかな……アルの時代の旅がどれくらい過酷だったのかは分からないけど、アルで上澄みくらいの基準で考えるなら相当過酷な世界だったんだろう。
そんな世界でなんとか生きてきたんだからほんと凄いな。
こんな職業に就いといて身も蓋もないが平和な時代に生まれてよかった。正直あの時代に産まれたら鍛錬とかする間もなく死ぬ自信がある。
よく日本から召喚されて世界を救う旅なんて出来たよな……
「ん?どしたんだ?」
「いや、なんでもない。帰ろっか。記憶取り戻さないといけないしね。……アル、アルは昔のこと思い出したい?」
「?そりゃそうだろ。気持ち悪いしな。……それに、都合よく昔のこと忘れてられないしな……いや、なんでもない。それより行こうぜ」
「……わかった」
多分、アルにはアルの記憶を取り戻したい理由がある。
むかしのことを忘れさせられてるのが単に気持ち悪いだけか、押し付けられた世界を救う責任を律儀に果たすためか、それは私には分からないけど少なくとも思い出したい/思い出して欲しいというのは一致してる。
たとえそれが、どんなに辛い記憶であったとしても。
それでも、本人の覚悟は決まってる。私も前に進むには思い出してもらうしかない。
なら、あとはもう出来ることをするしかない。