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6-7 ある時代の記憶 後編

「おお、勇者殿、お目覚めになられましたか。こちらに転移されたばかりなのに負担をおかけして申し訳ない」


 国王と再会すると礼儀正しく、丁寧な挨拶をされた。

 一国の王にこの態度を取られるということは滅茶苦茶丁寧にもてなされなければならない立場ということであり、勇者と呼ばれる理由にもなってる、そんな気がするのだが……今はそんなこと考えてられるほど落ち着いてはなかった。


「勇者殿も突然の事で色々混乱されてるでしょう。色々説明させていただくのでそちらにどうぞ、座ってください」

「……わかった」


 言い出そうとしてたことを先に言われ、少し呆気にとられながらも豪華なソファーに遠慮がちに腰を下ろす。


「それでは、まず勇者殿を喚ばせて頂いた理由から説明しましょう。──数年前に現れた『魔王』を名乗る者の手によって世界が滅びかけています。それに対抗するためにヴァルジーナ殿の術によって世界を救う()()()のある者を──勇者殿を、この世界に喚んだのです」


 話の流れは大方予想通り、勇者だの魔王だの飲み込めないところは色々あるが大体は想像の範疇だ。


 けど、なんとも頭が痛い話だ。

 気を失う前の話によると帰ることもできず、なんでか世界を救う役目を押し付けられようとしてる。


「……それ喚ぶの絶対俺じゃないだろ……」

「いや、あなたが適任だ。私の術は運命を読み取り、適性のある人物を喚ぶことができる。私に喚ばれた以上、あなたには魔王を倒し、この世界を救う適性と才能がある」

「嘘つけ……二十三歳にもなって運動経験なし、ロクに体を鍛えることもせず室内に籠もる仕事をしてたんだぞ?こんな貧弱なおっさんに魔王?を倒すなんてできるわけがない」

「体のことは安心してください、こちらで勇者殿にふさわしい肉体を用意させていただきました」

「それもだよ、なんで女になってるんだ」

「それは……申し訳ない。ヴァルジーナ殿」

「ああ。私の術で喚べるのはあくまで適正がある者。そこに性別、趣味嗜好、思想なんかは含まれない。運命を読み取り、最終的に世界を救う可能性のある者を喚ぶだけだ」

「なので性別や体格を考えず、王国で一番強く、優れたものを勇者殿の肉体としたのです。もちろん、本人の合意も得ています。その少女──リンは、『これが世界のためになるなら』とその肉体と人生を差し出しました」

「ふざけんなよ……!そんなことされても、喚ばれるのが俺じゃ何の意味もない……!無駄死にじゃねぇか……!」

「もちろん喚べるのはあくまで救う可能性がある者と言うことは説明しました、上手くいかない可能性もあることも。その上でリンは体を差し出しました」

「そうかよ……でも残念だったな、どっちみち俺に世界を救うなんてできるわけがない」

「もちろん、私達からも勇者殿を支援します。人材も、金銭も、装備も、用意できる最高のものを用意します。もちろん無理強いもしません。……けど、この世界を救えなければこの世界ごとあなたも死ぬ、リンの家族も、この世界に住むすべての人々も。それだけは覚えておいてください」

「そうかよ……」


 正直、もう自分の人生に思うところはない。

 もとから何もかも失敗して、親も死んで天涯孤独の身で、雀の涙ほどの文才に縋り付いて日銭を稼いでいたような人生だ。

 そんな生の終わりが突然訪れたって、もうなんとも思わない。


 こんな異常事態、唐突に降って湧いた勇者という役目を前に対処を諦めたのか、そんな結論を脳みそが弾き出していた。


「ふむ……これもまた急な話でしたね。気分を入れ替えるためにも少し歩きましょうか」

「……」


 国王が立ち上がるのに無言で合わせ、またファンタジーな王宮の回廊を歩き出す。


 王宮魔導師長……ヴァルジーナと名乗る爺さんと、従者のメイドと執事が何人か居たがその人達も置いて二人きりで静かな廊下を歩く。


「……少し寄り道しても?」

「……好きにしろ」


 国王の我儘に抵抗する気もない。

 もう好なようにやってもらって諦めてもらおう。


「ここです。少し、見てほしいことがありましてね」


 ある部屋の前で立ち止まり、その扉を開ける。


 扉が開き、目に入ったのは大量のベッドに横たわる人、それに付き添う人、布で口と鼻を覆い忙しなく走る人。


「これは……」

「魔王の手による作物の不作、天変地異、魔物の異常発生、疫病の蔓延によって病を患い、その病を治すための物資もなく、苦しむ私の国民達です」

「……なんでこんなもの見せるんだ」

「勇者殿はまだこの世界の現状を知らないと思いましてね。そんな状態でこの世界の命運を背負わせるのは酷かと思ったのです。そこの窓から外を見てみてください」


 促されるまま窓から外の様子を見る。


 曇天の空、崩れかけた住居、街を守るようにそびえ立つボロボロの壁、王宮の周りに集まり、何かを叫び続けている人たち。


 どれをとっても、追い詰められているということを感じられる景色だった。


「っ……」

「見ての通りです。空は瘴気に覆われ、壊れた住処を直すこともできず、外壁は魔物の攻撃で壊れかけ、助けを求めて城に集まる人々……王宮に迎え入れられるだけ迎え入れ、このように看病していますがそれも限界、物資は尽き、人手も足りず、滅ぶのを待つばかりです」


 国王は王国の現状を淡々と告げる。


 そして言外に、俺がこんな現状の希望になっているということも告げていた。


「これが見せたかったものです。それでは、そろそろ戻りましょうか」



 この役目の重大さと、この世界の状況をこの知らない女の子の体で感じ、言い返す気力も無くしながらまた歩き出す。

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