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6-5 ある時代の記憶 前編

 ぐしゃぐしゃの原稿用紙、積み重なった紙の山、中途半端な画面で止まったパソコン──現代日本の作業机に突っ伏す成人男性が映し出される。


「あー……なんも思いつかねぇ……締め切り明日なのに……だークッソ……」


 そう呟きながら頭を掻き、色々書き出してた原稿用紙を丸めて捨ててしまう。


「はぁ〜……」


 天井を見上げ、ため息をつく。

 小休止を挟むように目を瞑り体重を椅子の背もたれに預ける。


 本人にも記憶がないからだろう。世界が暗転し、暗闇に包まれる。


「頑張る、か……──は?」


 男が気合を入れ直し、目を開いたときに見えた世界はさっきまで座っていた作業机ではなく、自分の喉から出る声が異様に高くなり、異様な空気感に包まれたファンタジーな宮殿の中だった。


「どこ、だ.....?」


 そんな男の独白を気に留めることなく周囲は笑い、喜び、涙を流して崩れ落ちる者もいた。


「───、─────!」


 そんな混沌とした状況を収めるためか、ドレスや貴族服に身を包んだ人の中でも一際豪華な衣装に身を包んだ男が知らない言語で声を張り上げる。

 そしてそれに答えるように数人のローブを羽織った人間が混乱する男を囲み、謎の光を浴びせてくる。


 とっさに見慣れない両手で顔を守り、体を屈める。

 この何もかも理解できない状況でそれだけでもできたのは本当によくやったほうだろう。


 ただ、その光によってただでさえ混沌とした状況に、新たな情報が投げ込まれる。


「──、─い──が───お前たち!申し訳ありませぬ、勇者殿」


 理解できなかった言葉が唐突に理解できるようになる。

 新しい混乱を招くには、十分すぎる変化だった。


「は──え……?」

「我々の言葉が理解できますかな?私はヴァルストル王国国王アンドレア・ヴァルス、ヴァルストル王国を代表して勇者殿にお願いしたい。この国を、世界を救っていただきたい」

「は……?世界……?勇者……?俺が?」

「はい。誠に勝手ながらこの世界を救っていただくため、勇者殿を喚ばせていただきました」

「は……?」


 唐突なカミングアウトをどうにかして飲み込むために深呼吸を繰り返す。

 しかしそれはもはや過呼吸の症状そのものであり、誰がどう見ても平静を保てている状態ではなかった。


「……ヴァルジーナ殿、本当に資格のある方を喚ばれたのですか?」

「ああ。私の術式はこの世界とあちらの世界の因果律や運命、抑止力さえ読み取って判断したうえで召喚することができる。この者は間違いなく勇者たりえ、いつかこの世界を救う人間だ」

「そうですか……」

「ちょっと待て、俺は、俺はこれからどうなる!?」

「それは、もちろんこの世界を救っていただく他ありません。ですが今日は些か急ぎすぎました。混乱なされてるでしょうし、今夜は我が宮殿の客室にてお休みになられてくださ──」

「ふざけるな!今すぐ帰してくれ!」

「すまないがそれは無理だ。私の術は喚んだ者をこの世界に留めるために強力な楔を打ち込まなければならない。そのためその楔を取り外すことはできず、この世界から離れることはできない」

「は……?」


 その衝撃的な言葉に、その真剣な顔に、嘘はないとわかってしまった。

 それがそのまま飲み込めない現実を現実だと証明するものになり、嫌でも理解させられる。


 自分はもう帰れないのだと。


 それに気づいてしまった瞬間、限界を迎えていた精神は自身を守るため、これ以上異常な状況を見ないため、意識を強制的にシャットダウンさせる。


 体が揺れ、平衡感覚を失い、薄れゆく意識の中で最後に見えたのは眼前に迫る床だった。




 ここで映し出された世界がまた黒に染まる。


「ねえ、途中のナレーション何?」

「わかりやすかっただろ?」

「いやまあそうだけど」

「心情とかは映像を見るだけじゃ伝わらないからな。俺の時代の状況を知るためには必要だろ?そういう細かい情報」

「まああったほうがいいけど……ま、いっか」


 道中解説するようなナレーションがちょくちょく挟まったのは気になるが本人が気を使ってくれただけだし気にしなくていいか。


「とりあえず俺が転移した時はこんな感じだった。俺達は四人全員気がついたらこの世界の肉体に、完成した容れ物に中身を移し替えられてたんだ。だから転生じゃなくて転移、そう呼んでる。新しい生を得たわけじゃないからな。だからお前は転移じゃなくて転生って呼んだほうが正しいのかもな」

「そうなのかもね」


 正直呼び方は伝われば何でもいいんだけどアルカディアがそっちのほうがいいって言うならそっちで統一しようかな。


「で、どうする。この続き見るか?さっきも言ったと思うが俺は今魔術で記憶を操作されてる。さっきははっきり思い出せるところを映したがここからは魔術で記憶を読み取っても──擬似的な完全記憶能力をフル活用しても記憶操作で所々抜け落ちてどうしても思い出せないところが多い。多分中途半端になると思うが……」

「それでも見せてほしい。アルカディアの時代の情報が少しでもほしい」

「分かった。あと、アルカディアは長いだろ。アルでいい」

「分かった。それじゃ、アル、お願い」

「ああ」



 暗闇で包まれた世界に新しくアルの記憶の続きが投影される。

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